思い出の料理

母は、豆腐の卵とじをよく作った。

確か絹ごしだったと思うが、だしつゆと煮て、卵を落とすのである。

ホロホロと言っていたなあ。

僕はそれが好きで時折ねだった。

今朝、作ってみた。
豆腐をこちらで使ったので、味噌汁は豆腐なしであった。
大体、昨日の残りが実家には有るので、朝は味噌汁とヨーグルトと1品でだいたい昼食まで大丈夫である。


母は寝ていたが、父が起きてきた。

「いつもすまんのう」と嬉しそうに父は言う。

白味噌にしたら、オヤジが粕汁みたいだなあと言った。

今度作ってみよう。



父母は幸運である。
僕らが隣に住んでいなかったら、僕の仕事が家でできるものでなかったら、早い時期に安定剤から逃れることが出来なかったら、二人が揃って元気でなかったら、どの条件が欠けても、施設に入らざるを得なかった。


一緒に飯を食うと、新発田で一番幸せな年寄りだと母は笑う。
それも、「ワハハ」と豪快に笑う。
僕もつられて「ワハハ」と笑う。


僕は幸せな年寄りになれるだろうか。


少し梅干しの膜が張っていたのでとってきた。


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