幸運な病のレシピ( 1086 )朝:鳥豚ヤワヤワ煮(保温鍋)、ひき割り納豆(タタキ)、目玉焼き、味噌汁、朝からいっぱい(父の中では夜)
今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。
『炭水化物がいらない食卓』はこちら『幸運な病のレシピ 宣言』はこちら『幸運な病のレシピ』はこちら
人生痩たり太ったりSeason2、Season1はこちら
【 2019/3/15の食事 】
朝6時30分に父が来た。この時間に来るときは夜だと思って来ていることが多い。夜だと思っていたのだ。取り急ぎ味噌汁を作っていたら、コップを出して、酒を所望された。
確かに、夕食のときは少しだけ酒を呑むのだから、酒が出てもおかしくない(笑)。
今日は朝だったが、コップ半分だけ飲んでもらった。
いい夢を見たのだろうか。
幸運な病のレシピ( 1086 )朝:鳥豚ヤワヤワ煮(保温鍋)、ひき割り納豆(タタキ)、目玉焼き、味噌汁、朝からいっぱい(父の中では夜)
いつも思う、酒を取り上げるべきなのか、飲んでもらうべきなのか?
そんなときはいつも考える、僕がその立場だったら、どう扱ってもらいたいのだろうか?
僕は父の生活の看守ではない。共に喜んで生きていく相棒なのだ。
そして問題が本人の意志に任せるべきでないと感じられたときはどうするかが問題である。
免許を返上してもらった時、母に精神安定剤をやめてもらった時、多くの事を学んだ。
話し合い、自分の思いを伝えそれでも駄目だったら仕方がないことだ。
僕が父母を裏切らないことを納得してもらえて、免許を返事すしてもらえたし、精神安定剤をやめてもらえた(大変な苦労だった、僕は炭水化物をやめた時期であった)。
以前、ずいぶん酒の量が増えたことがあった。
トイレで小便を的に入れられず床にこぼすが増え、足ももつれ気味になった時期があった。結局話し合ってパックごと渡すのはやめた。
ペットボトルに300ml入れて渡すだけになった。
いつも渡す時「少なくてごめん」というと「そんなことはない美味しいもの食べさせてもらって嬉しい」と答えてくれる。
僕らは子供を学校に預け、年寄りを施設に入れる。目に触れない所に隠す。
学校では先生の言うとおりにできない子供は「ADHD」と診断して一服盛る。どうしてもそこにいれないという子供は病気と断じてイジメ、殺す。
老人が苦しみを伝えようと振舞うと病気だと断じて治療するか犯罪者として処罰する。そして、多くのことを学ぶ機会を失ってしまった。
かつて子供だったことを忘れ、これから老人になるという未来の見ようとしない。
今この瞬間を「金もコネもある連中の、時間割の奴隷=パートタイム・スレイブ」として生きる。
介護について考えることしきりである
朝か夜かわからないと聞くと大喜びで「認知症だ」という輩がいる。
認知症だと診断されれば、病気なのだから施設に入れて投薬して土地は売り払い、年金は使い放題だ。
年取って何もできなくなったら、本人の意志は何ら反映されない。
介護政策の恐ろしいところは「老人自身の意志」が存在しないところだ。確かに、朝も夜もわからない老人には土地も金も必要ないだろう。
たとえ庭を取り上げられても、「そんな事があったけなあ」程度しか覚えていないだろう。
しかし、僕は自分が扱われたいように父を扱う。
自分が父のように誰かがそばで生きてくれるとは思わない。そんなことはかなわないことだと知っている。
庭を眺め鯉に餌をやり、季節の移り変わりを見ながら、この家で僕は死にたい。