幸運な病のレシピ( 1280 )朝:ホッケ干物(自家製)、コテージパイ(マサヤ流)、味噌汁

【 2019/5/27の食事 】

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いつも料理をつくるたびに考える。「公式なレシピってなんだろうか」ということだ。
言葉にしてみれば、辞書に載っている表現が正しくて、僕が話す言葉は間違えなのだろうか?
言語学の「ラング」と「パロール」の違いをいつも考える。
僕のレシピは、僕が作っているが、3年以上家族に9食べてm乗らっている。
そして、家族が美味しいというものを探している。

家族にしかわからない合言葉なのだ。

僕の一部であり、子どもたちや妻、亡くなった母、美味し美味しと食べてくれる父。
そして僕もこの食事で生きる。

お店で弁当買ったり、レストラン行っても出会えない食事だ。



今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。
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幸運な病のレシピ( 1279 )夜:汁

【 2019/5/26の食事 】

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汁は夕食の必須である。
シャブシャブ肉が一番多いが、今日はエビと鶏肉を使った。鳥は生臭い感じになることが多いので気をつけよう。
とにかく、肉を入れる。
野菜はとにかくたくさん入れる。季節のもので値段の安いものだ。
今は新タマネギが美味しい。

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今日は昼から天ぷら作って大賑やかであった。
暑い一日だった。

毎食、何を皿に乗せるかを考えるのは厄介だ。
冷蔵庫の中に何があるか考えながら組み立てる。
僕自身の食事でもあるのだ。

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妻と娘が帰ってきたのでサンマを焼いた。

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二人に一番人気は「筋子+ご飯」であった。
僕もご飯浮きのストレートで食べる。
通である。

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ご飯も炊いた。ぱさぱさになるので保温を切っておく。
しかしそうすると、すぐに「ねぐさく(悪く)」なるのでタッパに入れてしまっておくことになった。

2合炊いて、このタッパと少しあった。おおよそ2日分である。
父は一食80g〜60gを酒を飲んで皿と汁をおおよそ平らげた後で、最後に食べる。

僕もどうしても食べたくなったら最後に食べる。

今日は余っていた素麺食っちまった。

良い食べ方だと思う。炭水化物は食物のミイラだ。本来、「生命の連鎖としての食事」に含まれるべき多彩な代謝物を含んだ水がそこにはない。
魅力的で低コストだが、できるだけ少なく、我慢できるならないほうが良い。
しかし、セックスと同じである。どうしても我慢出来ないのが「マイクロバイオームに操られた私達」の性(さが)である。

食事もセックスも、身体というコロニーを操っている「森羅万象の神々」が求めているのである。
そして「文化・宗教・家族・自由意志」と言う仕掛けは、「私」を守るための装置なのだ。
そして、現実における表現形式である「家族」というシェルターが吹き飛んだ今、何が残されているのだろうか?
もう少しで答えが見えそうではある。


父と介護施設にいる父の兄のところにお見舞いに行った。お元気そうであった。
年に2回位、父を連れて行っている。
今回は妻も一緒に行ってきた。

年をとるということは難しい。
いつも感じる。
自分が、その時にはどうなっているのだろうか?
いつも考える。

今日は酒を飲まないですんだ。
2日めである。



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幸運な病のレシピ( 1278 )昼:血糖値の上がらない素麺、天ぷら(ギス、サツマイモ、イカ、椎茸、新玉ねぎ)

【 2019/5/26の食事 】

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血糖値が上がらないといっても、フェークフードでも吸収ブロッカーでもない。
食べ方が違うのである。
人は満腹にならないと食事をうやめられない。「腹八分目という欺瞞的な警句」はデブをバカにした医者の思い込みだ。
痩せている人間でも満腹まで食べている。そして満腹は単純な血液の中の物質の数値で決まるわけでもホルモンの働きでもない。
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カラッと揚がった新玉ねぎのてんぷら、ギスの天ぷら、素麺とよく合う。



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トマトが美味しい季節になった。


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そして少しだけ美味しい素麺を食べる。

200gを4人で食べた。
当然、血糖値は少ししか上がらない。


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父にも嬉しい素麺ランチだ。



太る痩せるは、代謝系によって違う。
同じものを食べても「人の身体」と言う表現系は異なったものとなる。

DNAは「ヒト」の設計図ではない。環境に対しての反応が記載されている。
つまり肥満は「意志力の欠如」ではない。環境との関数なのだ。
そして、問題は心が満腹の大きな要因なのだ。
摂食障害を考えればいい、医学は拒食症も過食症も直せない。


炭水化物は「魅力的」で、もっと大きな問題は、それだけで満腹になる。
そして乾燥工程を通っている。早い話がミイラを水でふやかしているのと同じなのだ。

本来食事で食べるべき「連鎖する生命」がそこには含まれない。
ここで作った天ぷらはとても美味しく嬉しいものだ。
医学や栄養学が分析している「栄養素」とやら以外の生命の要素がたっぷり含まれている。
それが美味しさである。

商品化された食事(炭水化物が中心で誰もが大好き)の食卓から押し出されるのだ。


脂質も炭水化物も毒ではない。
脂質は食べすぎることが出来ない。
しかし、炭水化物は魅力的すぎるから満腹になるまで食べてもまだ食べることが出来る。
商業的に提供される「依存品」は「身体というコロニー」に災厄を与えるのだ。
問題は、素材から食事を作ることが出来なくなってしまった状況にある。









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幸運な病のレシピ( 1277 )朝:ホッケ干物(自家製)、鳥とキンピラの炒め、味噌汁、「金もコネもない親の子供」(2)多くの文明は「上自身」が「格差」を解消できないためにテロで滅びた

【 2019/5/26の食事 】

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ごぼうがあったのでキンピラにすることにした。
鶏肉を一緒に入れて糸コンニャクと煮しめる事にした。
砂糖を入れて味を強くする。
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ホッケの干物は、干す時に頭を落として内臓をとっただけで、開かなかった。
開かないとみずみずしさが残り嬉しい。
丸まる一匹の魚を焼くときは側線に沿って切れ目を入れておくと良い。
腹がバラけないので嬉しい。

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味噌汁はキャベツだ。
何も入れるものが見当たらない時はおおよそキャベツである。
味噌とキャベツはよく合う。

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トマトが美味しいので嬉しかった。
昨日の後始末をしながら料理を作る。効率的である(笑)。
食洗機の中が片付いているのは嬉しい。



「金もコネもない親の子供」(2)多くの文明は上自身が「格差」を解消できないためにテロで滅びた

いろいろと考えることーは多い。
格差社会というものを形式的に分析してはならない。
上下の間に何らかの基準などない。

格差社会」の上下とは「生産手段(資本・土地)の所有」とそれを裏付ける警察・軍事力の保持
そして、「血縁内の継続的な継承」とそれを裏付ける社会的な構造
この2点からなる。

そしてここにも1980年台の分水嶺が見つかるだろう。

クレイジーリッチを少し見てみたくなったのは、いつくらいから巨額な富は集まりだしたかである。
確かに「華僑」と言う立地な人たちはいたであろうがたかが知れていたのと思う。
しかし、もうスこそ違うだろう。

ウオールストリートのお話を映画化したものも多い。

同根であり同じ様に辛くなる。

そしてこの物語のおしまいは「テロ」である。
社会は下が変えられはしない。
上が自分で変われなかったら、多くの文明がそうであるように崩壊する。
人は不平等には耐えられない。
死(テロ)を持って絶望を表現する。
情報が制限されている江戸時代ならばまだしも、大金持ちが嬉しそうにSNSする時代である。

生産性を大きく変えるもの(イノベーション)が無ければ社会は変わらない。
それもまた真実である。







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幸運な病のレシピ( 1276 )夜:茄子のトロトロ

【 2019/5/25の食事 】

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今日は妻が仕事で遅いので、昼にサンドイッチを作って弁当にした。
父が一番早いので5時位には作って持っていった。
昨日の残りが相当あるので茄子のトロトロを作った。
豚のばら肉をチリチリに炒めて茄子と新玉ねぎを合わせてトロミを入れる。

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腹減ったので5時位に一家食べた。

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妻が帰ったところでもう一回食べた。
トマトが美味い。
半額になっていた牛肉を焼いた。

酒を飲まないですんだ。


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バラがもうすぐ満開だ。
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ミョウガが芽を出している。



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幸運な病のレシピ( 1275 )朝:「後片付けを科学する」住み込みの下男は哲学する、「金もコネもない親の子供」(1)格差社会を考える

【 2019/5/25の食事 】

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僕は毎日食事を作る。そして毎日後片付けをする。
皆自分でしたいと宣言して、妻や家族には手を出さないように釘を差している。

無論時に手伝ってくれることもあるが、基本的には僕がする。
仕事が家出来る(ソフト会社の経営)でだから出来ることだ。

今では妻にも「あんたがいなければ生きていらんね」と言われる(生前の母の口癖)。

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昨日は、娘が働きだしてはじめての給料でお酒を頂いた。
父も笑顔であった。
masaya50.hatenadiary.jp

新潟には職もなく、県外の短期大学を卒業した娘がここに帰ってくるとは思いもよらなかった。
一年生のときから、就職試験で随分苦しんだ。
そして色々と考えさせられた。

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昨年は、息子が大学進学の年だった。

「金もコネもない」というのはどういう意味だろうかと考えている。
少し前に「きっとうまくいく」と言うインドの英雄画を見た。
そこで描かれているのは「お前の好きなように生きればいい」と言う言葉である。
僕が大学に行く時に父母に言われた言葉だ。

昔から「社会における既得権益」の問題を考えてる。
この問題は面白い。

クレィジーリッチという映画の予告編を見た。

なんかつながったので、「金もコネもない親の子供」と言うシリーズを始めたいと思う。




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幸運な病のレシピ( 1274 )夜:バンケット娘の初給料:ラザニア、春巻き、レバー揚げ、鳥網焼き、焼海老、ボンゴレビアンコwithウインナー、お寿司、みんなで一杯

【 2019/5/24の食事 】

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父が嬉しそうに笑った。
今日は娘の初給料でごちそうを作った。
楽しかった。

youtu.be

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ラザーニャは娘の大好きな料理だ。
フレッシュバジルを買ってきて散らした。
僕も好きだ。もう少しソースかけても良かった。
次はすき焼き鍋で作ろう。土鍋も良いかもしれない。

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春巻きを環で作るのは楽しい。
他の料理と上手く手順を合わせて進行すると良い。
今日の昼の野菜炒めをメインに組み立てた。



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父の笑顔は嬉しい。話す内容にもウイットがあり、ジョークも交える。
話になにかのオチを付けないと気がすまないのは僕も一緒だ。
娘に酒をついで、娘も酒をつぐ、これは嬉しいだろうなあ。
母を思い出す。
思い出したついでに悪夢を見て目がさめた。


お店に行って食べるのもいいだろうけど、この食卓は売り物ではない。
長い時間をかけて、家族で作り上げたものだ。
僕は工夫して妻や家族が美味しいという味を工夫する。

一人一人にマッチした食事を作ると言う意志が必要だ。
50年前は当たり前に行われていた事なのだ。
そしてその「技術と意志」は「家庭というシェルター」と共に失われた。

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確かに女性(住み込みの下男)は厨房仕事から開放された。
しかし、その開放は大きなコストを払っているのだ。

「ゴミ戦争」と言う言葉がある。
あたかも、ゴミが近代化のために生めれたような言い方である。
それは違う、「後片付け」を「食事の容器に転嫁して」公的な形で「社会的負債」にしてしまったのである。
1980年という分水嶺がここにも見ることが出来るだろう。








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