「今日の食事が死に方を決める 明日の食事が生き方を決める。」(4)なぜ平均寿命の男女差はこんなに大きくなったのだろうか?

「 今日の食事が死に方を決める 明日の食事が生き方を決める。 」のシリーズはこちら



戦後、男女の平均寿命の差が大きくなったということは以前から知っていた。
死に至る様々な感染症や戦争といった出来事が合ったのだから、「平均寿命」というものが単純な社会の状況の比較の対象としては妥当ではない。
しかし、同じ時期になぜ男女の平均年齢に差が出るのだろうか?

1891 42.80 44.30 1.50
1921 42.06 43.20 1.14
1947 50.06 53.96 3.90
1960 65.32 70.19 4.87
2016 80.98 87.14 6.16


ガベージニュース「日本の平均寿命の推移をグラフ化してみる(最新)」を御覧ください。


誰も、この疑問に合理的に答える仮説を見つけていない。


1)人の生死は、性別に関係なく到来する。
2)男女の平均寿命の差と言うには人生のパートナーが死んだ後にどのくらい生きるかを表している。


つまり、「男」は女が死ぬとすぐに死ぬのである。「女」は男が死んだ後で長生きするのである。
これは、確かに実感する。



この統計は、自分にあった食事を作ることの重要さを表している。

そして、グローバリズム新自由主義経済)による食の外注化=食事文化の崩壊がその根底にある、









60歳以上の人の、パートナーが死んでからの生存年数を調査すればもっとはっきりする。
また、健康余命(病院で診察を受けていない時期)の検討も面白いだろう。



スーパーで男の老人が、おにぎりと缶チューハイ買っているのを見るたびに憂鬱になる。
それに比較して、元気なおばあちゃんはなんとも嬉しい。
しかし、盆などに子供が帰ってくる夕食の用意に寿司をたくさん買っていく姿はなんとも言えない気持ちになる。
スーパーのカートは人生を映す鏡だ。






ヒトという生物は、他の生物より長い時間の記憶を維持して、抽象的な概念を操る事のできる言語能力をもった。
そして「農耕・調理」を発見して、食物連鎖(狩猟採集)から独立して生きることが可能となった。
ここで言う食物連鎖とは、ヒト以外の生物は、食べることのできる物が決まっているということである。消化することのできる食物が限られているのである。ヒトの行う「調理」は、『火を使ってデンプンを可食化、タンパク質を変質(無害化)させ、脂質を分離保存』する。これは生存権を飛躍的に広げた。と同時に、「未知の災厄と遭遇するリスク」に晒されつことになった。また、様々な環境で「恒常性を保ったコロニー」として身体は機能するので細菌にとっても格好の「餌場」となった。






戦後、この家族という「食事を記憶して、訓練する装置」は破壊された(私達が喜んで破壊した)。
確かに、家庭科では料理の仕方を教えるだろう、ネットでもレシピ本でも手順は「情報」として理解できるだろう。
しかし、そんなに簡単に自分の「DNAゲノム・マイクロバイオーム環境」にチューニングされた食事を作ることは出来ない。


歳を取るということは、身体の組織が別々に機能を失っていくということである。
そして機能を失ったらそれに応じて食事を変えていくほかなかった。
多くの経験上から得た『家族一人一人にチューニングされた食事療法』を「家庭と言う記憶装置」は保持していた。
そして、次の世代に伝え、そして、環境に合わせて変化させながら維持していた。

結核・肺炎と言った病に対しての輝かしい勝利は、患者に「純朴な医学信仰」を植え付けた。
そして、その信仰こそが「生活習慣病」と言う災厄の根源であった。










家庭と言うシェルターが「その人に合った食事」を作る。
共に生きることで年取っていく身体に対しての不安を解決する。

継続可能な「家族というシェルター」を失ったこ問題の始まりが有る。
しかし、「家族」というのは「生き方を強制」する装置でも有る。

私達の尽きせぬ渇望は多くの災厄を招く。

戦後の世界の変化は社会の変化を生んだ。
今僕が書いている「次の本」の中では、この問題が大きな軸になる。
僕の父母の物語でもある。

そして、未来の希望を見つける長い旅の始まりでもある。








幸運な例外もある。
家族がそばにいて、食事を用意していると男でも長く生きる。
在宅介護と呼ばれるパターンである。

家族がそばにいない場合でも老後の資金がある場合は介護施設を利用できる。
食事を用意されて、毎年血液検査をされて、「治療」を受けると、これまた長生きをする。

今調べているのは、介護施設での実態である。



そして、生活習慣病は「個人の責任」ではなく、社会構造の問題である。








僕は「II型糖尿病」である。1922年インスリンは薬として承認された。
これによって、膵臓の機能を失った『I型糖尿病』患者は長く生きることができるようになった。
しかし、「食事療法」で対応してきた「II型患者」に対してもインスリンが「治療薬」として使われるようになった。
まさに家族が共に生きて病に向き合っていた時代が終わる事を象徴している出来事である。


「家庭で食事を作るトレーニングを受けていた世代」の方々はもうずいぶん亡くなっていっていると思う。
つまり三世代同居で厨房をともにして、食事を一緒に作っていた世代である。

大家族物と分類されるドラマ(「時間ですよ 1965年〜」「寺内貫太郎一家 1975年」)の世代である。
ちなみに、「冬彦さん=ずっとあなたが好きだった 1992年」などは「嫁-姑」の関係性の崩壊を象徴する気がする。







1052389