「人生痩せたり太ったり(仮題)」のコンセプト(8)生命のM&A(2)エピジェネティックが生命観を変える

生命のM&A(1)はこちら。「人生痩せたり太ったり(仮題)」のコンセプトはこちら




エピジェネティックという言葉に興味を持ったのは2015年の終わりの方だった。

もう「幸運な病」の原稿も一通り出来ていた頃に気になって読んでみた本の中の一冊である。

以前から「遺伝・進化」に関しては興味があり、僕の家にある本な分野でも大きな割合を占める。学生の頃は今西錦司さんに代表される京都学派に傾倒して、まだ「思索の範囲」にしか無かった生命の定義なども好きだった。
ドーキンスさんと出会い少し驚いた。

仕事柄、コンピュータのシステムがネットワークと一体となっていく事を目の当たりにする。
細胞=コンピュータと考えて、身体をネットワーク全体と対比することが面白いなあと思い始めた。


教育を考えていた頃には『生まれか育ちか』という考え方に関しても結論が出たと感じた。




「生命観」は変わらなければならないと感じる。問題はどう変わるべきかである



僕はドーキンスが大好きなのだが、ヒトの身体は、GNAの乗り物と言う彼の考え方は少し変わらなければならないかもしれない。
あくまで、DNA(ゲノム)は「ヒトという『小さな生命』のコロニー全体」で考えなければならないからだ。
小さな生命とは、
そのヒトの父と母の卵子精子に起源を持つ真核内のゲノムを維持する細胞。
そしてその細胞は卵子にだけ含まれるミトコンドリアに起源するゲノムを含む。




そもそもは、ヒトゲノムの解析が大きなメルクマールであった。
その後、進化の系統図とともに明らかになった生物全般のゲノムがいかに多くの共通のコードを持っているかもわかった。
細胞内の組織であるという認識だったミトコンドリアにもゲノムが存在して、ミトコンドリアの起源が仮説から事実に格上げされた。


DNAは人体の設計図ではない。あくまで「人体を作る部品・コミュニケーションの言葉」の設計図なのだ。
そしてその部品はタンパク質の部品である「アミノ酸」から構成される。
そしてその部品はタンパク質のお友達の「酵素」も作り出すことになる。


ところが、その数が少なすぎるのである。
ヒトで45,000個、大腸菌で4,500個である。
ネジや釘や接着剤としてはそのくらいでいいかもしれないが、様々な問題を討議・対処(免疫と呼ばれる)するには足りないのっである。

そこで、出てきたのが、共生する細胞のDNAである。


もっと考えていくと、共生というのはおかしな言葉である。
例えば、腸内の細菌がいなければ色々な問題が起こる。
抗生物質に対しての「医学的な批判」が公認されつつある。

昨今のトラブルは寄生虫がいなくなったためともいわれる。


では、このヒトというコロニーは誰のもの(誰が操っている)であろうか?

そもそも意識というのは、どこに宿り、どこに存在するのだろうか?

私達が普通に感じているように、「意識は身体の操縦士」なのか?(イヤそうではない)

民主主義が国会に存在するというのが愚かな議論であるように、精神は脳には存在しない。






あれだけ不倫したら破滅だと分かっていても、するのは何故かの説明がつきそうだ(笑)











===このページは書きかけ====



様々な角度から、従来の『「遺伝」観』に変更を迫る内容であった。
挑発的な「章の題名」が並ぶが、中見は実に面白い。
通俗本のつもりで読むと、まっtくちがった所に連れて行かれる。

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける

双子の遺伝子――「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける





この本は良かった。同時に、医療業界がDNAに関しての「夢」を持ていたことも大いにわかる。
彼が活躍した時代の遺伝子に関しての考え方の変化は凄い。

ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝

ヒトゲノムを解読した男 クレイグ・ベンター自伝


シャロンモレアムさんは面白い。
題名が少し残念。何か「アホな通俗本」みたいだ(笑)。
実際には、「遺伝子は勝手に変わる」そして「獲得形質は遺伝する」のである。




この2冊は読みづらいが、面白かった。

ジャンクDNA―ヒトゲノムの98%はガラクタなのか?

ジャンクDNA―ヒトゲノムの98%はガラクタなのか?

エピジェネティクス革命

エピジェネティクス革命



912950