ゴミの整理(3) 私は信頼していた叔父に、母の死後5日後に会社を潰せ(父を施設に入れることになります)と恫喝されました。

毎度馬鹿馬鹿しいお笑いを一つ。

関連記事はこちら



ゴミの整理(3) 私は信頼していた叔父に、母の死後5日後に会社を潰せ(父を施設に入れることになります)と恫喝されました。


【簡単な粗筋】

2016年1月私は、ネズミの家に土足で上がり込みました。このいきものを殺すところでした。

2016年5月母の納骨に帰省していたカエルを殴ろうと町内を追いかけました。

2016年10月父が望んでいると言って東京に連れて行こうとするカエルを待ち受けて和解するふりをして、家のリビングで殺すつもりでした。

精神異常だと言われます。わたしもそう思います。1000万円の父の遺産を赤の他人に遺贈するという父の意志(遺言)を守ろうと思っているからです。





ネズミは、私の母が亡くなって5日と経たないうちに、私の経営する会社を潰せと恫喝します。父母と家族と、19年間頑張って来た私の会社を『お前のために潰せ」というのです。
田舎の不動産屋のやりそうなことです。「この辺で商売続けたいならば、俺の言いなりになれ」と言われたのです。






私はどうすればよかったのでしょうか?
会社を潰せば、父を介護できません。
父は施設に入れられます。介護の経費にあてるという名目で市の中心部の土地は売り払われるでしょう。
母の生前に3500万円受け取っていた事を隠しているカエルのものとなるのです。
そして1000万円の土地は「父の介護のために」ネズミに売り払われます。


自分に理解できない行動をとる人間を、「精神病」と言います。
しかし、それは、その人に理解できないだけで、本人の中にはキチンと筋道が通った理由があります。

世界はそれぞれの「正義」の衝突です。わたしの正義が正しいなどとは思っていません。しかし、父の望みを守ることは私にとって重要なことです。

自分にとって重要なものを大事にする事は生きることの意味だと信じています。



私はこの現実に向き合って、生き延びました。
仕事も順調で今年の国体の仕事も受注できました。
本も出版しました。


なんとか、生き物を殺さないで来れました。

これで、酒の量も減るでしょうか?
3匹の生き物を殺す夢を見なくるでしょうか?

2017/8/18



【この動画の原稿(大きく変わっています)】



2016年1月10日に私は、不動産屋の母の弟(叔父)の家に土足で上がり込んで、怒鳴り、5日前に受け取った香典の30万円を投げ返しました。この時、ネズミ(この男を私はこう呼んでいます)警察に相談しています。

その5ヶ月後、5月10日母の納骨に東京から帰省していた、母の長男(兄)に殴りかかり、町内の1ブロックを追い回して、警察に通報されました。カエル(この男を私はこう呼んでいます)は私を統合失調症(気が狂っている)だといいます。

私は気が狂っています。






私は、父がなくなったら、父の名義の1000万円の土地を赤の他人に遺贈します。
これは父の意志なのです。公正証書遺言も作りました。
赤の他人に1000万円を挙げるなどと行ったら気が狂っているとしか思えないでしょう。


それが気に入らないカエルとネズミと結託して、僕を責め続けます。
カエルは僕が精神異常だと妻を説得して精神病院に入れようとしました。



繰り返し、私と話し合いをしたいといいます。




何を話し合いたいのかと聞くと、『あって話さなければ心が通じないから”父の前で”話し合いたい』と言います。父のために仲良くしなければならないと言います。



話し合いをしなければ、警察に被害届を出すとか、私の取引先に知らせて私を破滅させると脅します。
また、父は虐待を受けていると言い、私に介護する資格がないと言います。カエルにいわせれば、認知症なのに治療のために施設に入れないのは「虐待」なのでしょう。

私は自分を守るためにこの動画をとりました。
裁判での証拠ともなるでしょう。
これを公開したおかげで、私の心は安定しつつあります。









2016年10月にカエルは「父に頼まれたと言い89歳父を車での東京に連れて行こうとしました。
6時間自動車で揺らして連れて行って母の10歳年上の危篤になった老人の顔を見せてどうなるというのでしょうか?
私は、このことがあってから、もう、カエルとは兄弟としての付き合いはできないと決心しました。








父の介護は大変だからお前一人で「抱え込まないで」俺たちにも相談しろ言います。
「マサヤがスカンピンだ父の介護も出来ないから、父の介護のために土地をねずみに売れ」と言います。





母は2016年1月5日に亡くなりました。
その5日後、私は信頼していた叔父’(ネズミ)に面と向かって1時間責められます。
「お前の会社は見込みが無いから潰せ」と言われます。
もし潰したら、どこかに就職して、父は施設に入れなければなりません。そうしたら、1000万円の土地はカエルを経由してネズミが手に入れることができます。

その半月前に、ネズミはカエルと私の中を取り持ちます。
その席でカエルは父母から援助を受けていないと言い放ちました。
私は、多額の援助を受けています。自分の会社の運営資金が足りなくなったときも、今の自宅も助けてもらいました。隠さないことが、父母に対する感謝の気持ちだと考えています。


生前に受けた援助は遺産にカウントされます。
「援助を受けていない」ということは、父の名義の土地を全て自分のものにするという意志の現れです。
市の中心部の土地の額面は1000万円もありません。本家の名義になっている300坪と周りの駐車場を合わせると、再開発の核となるものです。今も、本家の周辺には地上げが進んでいます。




ネズミは母に多くを負っています。10歳年下のネズミの子守のために女学校を諦め、東京の大学の学費の多くは母の貢献でした。
ネズミの家が差し押さえられそうになったときには700万円で土地を買ったことにして助けています。後に1000万円でネズミは買い戻しますが、母は300万円を現金で返したと聞きます(領収書はありませんし、もう時効でしょう)。
ネズミは、そんな母がまさに目の上のたんこぶだったのです。



私が、東京にUターンしてきた時に当時市の有力者だったネズミに就職の世話をお願いします。所がその場で「お前のような生意気なやつに新発田に仕事など無い」と追い返されました。母は落胆しましたが、ここで生きるには、我慢する他無いんだと言いました。
その後、ソフト会社を設立して、東京のサーバーの仕事や、国体の集計業務(9年連続で受注しています)で仕事をしています。

私は、ネズミに呼び出されればいつでもパソコンのサポートに出向きました。それは、叔父だからではありません。母が、おじさんは大事にしなさいと言い、役に立ってきたと話すと喜んでくれたからです。
しかし、ネズミは、母を失って5日も立たない私に、「お前の母は他人から見たら汚いババアだ、葬式であんなに悲しんでいるものではない」「糖尿病だなどと言うもんじゃない」「お前の会社は(葬儀に来ていた東京の親戚の言うところでは)先行きがないから潰せ」と言ったのです。




私は、一晩考えました。母が生きていたら、こんなことをネズミは言わなかったでしょう。私はネズミに何も負っていません。私が、ネズミの言うことをハイハイ聞いていたのは、母の為でした。

私はネズミの言うことを聞いて会社を潰して父を施設に入れて、父の土地を売るべきか何度も自問しました。
明け方になっていました。
ネズミを殺して、自分も母のもとに行こうと決心して、妻に30万円用意してもらいました。

この時間、ネズミは今でパソコンをいじっています。玄関を叩き開けて怒鳴り込みました。「ネズミ、母の葬式で泣いて何が悪い!母が死ぬまで応援してくれた俺の会社を潰せとはどういうつもりだ」と言って追い回して胸ぐらをつかんで顔を頭突きして、歯を折り鼻を砕き目を潰さんとしたのです。そのときネズミは「マサヤくん落ち着き給え」と震える声を上げました。母の高笑いが聞こえました。
そのまま30万円を叩き返して、車に乗り、クラクションを鳴らしながらネズミの家の周りを2周して怒鳴りました。「愛子とネズミは縁切りじゃあ」


そして、母の初七日でした。
翌日、何も知らない父は、母の初七日が終わったことを告げに、ネズミの家に行きます。
ネズミは、父の前で私が書いていった文書を読み上げ、私に謝罪させるように恫喝します。そして雪の中父を追い返します。
父は、私に全てわかっている様に、好きなようにしろと言いました。


ネズミ、俺が会社を潰せと言わなかったら、お前とカエルの企みは気が付かなかったよ。感謝しているよ。次にあった時はハグしてチューどころじゃない感謝を差し上げるからな。



なくなる何年も前から、カエルは母を苦しめてきました。
新潟に営業に来ると突然電話してきます。
母は電話をもらうと毎日、私の家に来て「カエルが来てくれるから夕食の用意を頼むね」といいます。父に銀行までいかせて20万とか30万とかの金を用意させます。
母は、1週間も前から、一緒に食事をするのを楽しみにしていました。
しかし、ネズミは母の期待を裏切って、少なからぬ交通費をもうと「仕事が有るから」と言いすぐに帰ります。
母はカエルが「仕事ができた」といえば、「食事なんかは良いから帰りなさい」と言います。カエルは母が言ったからと、帰ります。
泊まりできた時は朝の5時とかに帰ります。
マサヤと食事をすると酒を飲まないといけないので早く帰りたいからと夕方の4時とかに家を出たりもしました。翌日電話したら午前10時過ぎに帰っていました。

楽しみにしていた母の心は収まりません。
何日も、カエルがいないと探しました。精神安定剤を通常の何倍も飲み起きれなくなりました。
もう、ボケが始まってい他母には、最近の記憶は失われて、前に来たときのことも覚えていません。
それを幸いと、カエルが帰省する回数は増えます。明け方の5時とか夕方の7時とかから打ち合わせなどしません。しかしそんなことをわからない母にはそう言って帰ることを了承させます。
私は、カエルに母は、精神的に安定していないから、帰省するならば私に相談してくれと何度もお願いしました。
しかし、自分は子供なのだからお前の指図は受けないといい、何度も同じことを繰り返します。





父を施設に入れて、生きている間に土地の名義を変えさせれば、父が作った遺言を無効にできます。

確かに1000万円を赤の他人にやると行ったら、気が狂っていると考えて当然です。しかし、父は繰り返し私達に話していました。
カエルも知っています。あの土地は、戦争から帰ってきた父が母に結婚を申込んだ時に、母の父親が、土地も持っていない男に娘はやれないと言われ、父の父が本家の土地の名義を変えたのです。

父は一度も自分のものだとは考えていません。「初太郎さんのものは初太郎さんに返す」これは父の口癖ですし、新発田の親戚縁者はみな知っていることです。確かに固定資産税は父が払っていましたが、本家のために出来る事と感じていたのです。
あの土地の上には、本家の人が住んでいます。遺贈した後で本家が売るかもしれませんが、それは関係のないことです。
しかし、カエルは夏に本家の跡取りに会い、遺贈されても自分には権利があるから裁判を起こすと言っています(受取を拒否しろということです)。
新発田中の親戚は、呆れ果てています。



父は今の生活に満足しています。
池を眺め、毎日散歩し、元気に食事するそんな生活に満足しています。




908688