ネカマ裁判

何時頃だったろうか?
確か2000年位のことだと思うが国はITをネタにしたバラマキの一貫で住民向けの講習会が実施されていた。

新発田市でも、IT講習会が行われた。
確か3回連続でパソコンの使い方からネットに接続する方法から講習を行ったのである。
まさに無駄なバラマキであるが、講師が足りなかったので、僕も講師として参加した。

丁度、新潟金属が倒産した後で独立した頃の話である。

仕事がなかった頃である(笑)。


所が、使われているテキストがメチャクチャなのである。
ネットの危険性を的確に伝えるページはほんの少しで、インターネットで買い物ができることばかり書かれていた。

あまりにひどかったので、自分でテキストを作ることにした。


その時に、「ネカマ、ネトナ」と呼ばれる行為があるということを説明しなければならないことに気がついた。

色々とネットを探していたらすげえサイトに辿り着いた。
当時から、メールを利用して、未成年の子どもを探して性的な交渉を行う人々がいた。

このサイトで書かれているのは、出会い系などを通じて「悪人」を探しだして(釣り)、メールのやり取りを晒すサイトである。

まさにネットの潜入捜査官である。
この内容が事実かどうかは分からないが、びっくりした。
後日、「修復的司法・性犯罪」などの関して調べることになるのだが、この体験が元になっている。


最近、思うことがあって探してみたらキャッシュされていて、古い馴染みに出会ったような気がした。

昨今、高校生などが携帯電話からのネットにつながることが多い。

子どもたちに実例を見せるといいと思う。

このサイトを見せるといいと思うのだが、無理だな。


思い起こすと、IT講習会で出会った人のからみで近郊の高校のパソコン部の講師を5年続けた。
そこで、多くの子供達と接して沢山の事を教えてもらった。
司書の先生と出会って、色々なことを知った。
その高校のシステムの担当者の人と友人となった。


ネットは危険ではない。ルールを知らない子どもたちが危険なのだ。

ネットは変わる、危険な手口も変わる。
しかし、その手口を考えているのは人だ。

問題は、『性的に成熟して、性欲はある』がまだ『セックスをしたことのない』子どもにどのように教えるかである。

子どもは長じて被害者になるし、加害者にもなる。

このページを見てもらいたい

忘れないで下さい。セックスは良い物です。もしセックスが無かったら、私たちの誰も今日ここに存在しないでしょう。私たちは子どもたちに、性的な感情をコントロールし、ふさわしいやり方で、他者を傷付ける事なく表現して欲しいと伝えたいのです。しかし、性行動そのものが、悪い事で、汚くて怖いものであると考えて欲しくないのです。

ね、難しいでしょう。



人間性の洞察「色と金」が出来る様な教育は存在し得るのだろうか。「性と食」が社会的な行動規範の上位にあることをどう教える事が出来るだろうか。
そもそも、僕らはそれを理解できているだろうか?

人権教育で「いじめ」が無くならないのは、「説法」で腹が膨れないのと一緒である。
僕は「いじめ」は性犯罪の一種だと考えている。
セクハラ、パワハラとつながる一連の問題の「始まり」で「源」だ。

僕らの中に、「人生で発生する全ての人間関係」の設計図がある。

DNAが生生物の設計図と言われるが、生物を建物と類比した上での設計図ではない事を今度書かねば。

モナドを検索したら、このページに辿り着いた。
面白いなあ。


443160