父の年賀状 2020年正月 今年の抱負

今年も頂いた年賀状に返事を書きたいという。
遅めの朝ごはんを食べて、昼は食べないで3時位に来たので用意していた年賀状に書いてもらった。

少し可愛らしい年賀状があったのでかってきた。しっかりとした字を書く。

母が亡くなった事を知らせていなかった方には、そのことを書いて加えた。
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孤独には2種類ある。
自分が知っている人がいなくなることと、自分を知っている人がいなくなるのはどちらも辛い。
いずれにしても、家族というシェルターを失った私達は、施設の中で孤独の中に死ぬ。

戸籍と相続者としての家族は残るだろう。
いくら「親」と言っても、「老後を共に過ごさない子供達」にとってはただの汚い爺さん婆さんでしか無い。
そしてそれは自分の将来の姿でも有る。

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父の効用
些細なことで妻と喧嘩した。
今年の喧嘩はじめであった。

父の姿を見ると素直に謝る事が出来る。
これは「年寄りの効用」であろう。
家庭から「年寄りを隠した社会」は「家庭を孤独な個人の集まり」にしてしまった。

父がいなかったらすでに離婚していたと想う。


コミュニティにおいて、「俺様が一番だ」ということを常に諌めてくれる存在である。
宗教に於いては「神」と言う名で呼ばれる場合が多い。
いかに権勢を誇っていいても、いつか老いが訪れ、人生の終りが来ることを感じさせる存在である。
宗教に於いては「神」であり、それを具現しているのはかつて自分を「慈しみ、抑圧して苦しめ、愛した」親なのである。
私たちの科学は「宗教」を迷信として退け、グローバリズムが老人(親)を施設に隠した。


孤独の中に施設で死ぬ運命
しかし、これから妻と僕(すべての人々)は施設で孤独の中に死ななければならない。
もう社会はそうなっている。
年取ることを病気で異常だと定義して、施設でクスリ漬けにする。老人を施設に入れて、介護する「家族」は年金や相続する財産(多ければ多いなりに)は使い放題である。
無論施設と医者と折半ではあるが。
中世では「魔女狩り」と言う歴史的な現象がそれであった(魔女と告白された人の財産は協会が没収していた)。



今年の抱負
できるだけ長く、他人に世話にならないで生きていきたい。
自分が自分であることを忘れないで生きていける事が第一であろう。
そしてその秘密は「素材からの食事作り」にある。

母は80になる少し前から自分で食事を作れなくなり、食事は炭水化物ばかりになった。
それと同時に多くの種類のクスリを服用して毎日のように医者に通っていた。
僕は一緒に苦しみ、食事を作ることで母の病院通いはなくなり、なくなる3ヶ月前には何もクスリを飲まなくなっていた。

毎日「素材からの食事作り」を続け、気がついたこと思うことをまとめていきたい。
機会があれば、見つけたものを世に問いたい。




「幸運な病レシピ」の目指すもの
元気な父は僕にとってのエビデンスである。
医者は信じないだろうが、構わない。
30年後の自分を見て、どう死にたいかを思いながら父と暮らす。
次の本の主題である。



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年賀状が書き終わったのでとりあえずのおかずで一杯始めてもらった。
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いつものように料理を作りながら出来上がったものから出していく。
肉魚、季節の美味しいものを沢山用意する。
贅沢ではないが食事を楽しむことを心がける。
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6時位まで呑んで帰っていった。


今年も始まりである。



1月5日は母の命日である。
毎年この日は菩提寺にお布施に行く。
今年は雪がないので墓まで行けるであろう。
もう、まる4年になる。
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