幸運な病のレシピ( 329 )昼:チャーシュウメン、僕はチャーシュウと煮しめ

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【 2018/2/22の食事 】 体重の推移はこちら

No 体重 前日比 累計 体脂肪率
43 2018 2 22 86.55 -0.20 -6.85 24.8%


20日に作った煮豚を切り分けてタッパに入れた。
昼食に、生ラーメンを作って父と食べた。
父は「食べるものはなんでもいい」といつもいうが、作ってもらうことに気を遣った言葉であることは分かる。
うどんやラーメン、ヤキソバもなんでも美味しい美味しいと喜んでくれる。
年を取ったらこうありたいものだ。



麺は半分にして、残りの半分は妻の分になる。
娘は一人前食べる。

小鍋にスープの量を丼で測り入れる。
市販の中で、一番安い「麺とスープのパック」を買ってくる。
3食入りで175円くらいであろうか。
値段は高いものから安いものまで多くあるが、手をかけると安いものでも旨くなる。

シナチクは、最近は味付けのものを買うことが多い。
昔は塩蔵のものを買ってきて塩出しして煮込んだものであるが、最近は「塩蔵シナチク」をあまり見かけない。

ホウレンソウを茹でて、冷水に取る。その後で麺を茹でる、細麺なので一瞬である。


別鍋でスープは作っておく、煮玉子とチャーシュウを温めて、脂を戻す。
この一手間で市販のスープが僕の作ったラーメンに変わる。
煮玉子は煮豚を作った時の煮汁を使う。
少し黄身を半熟気味にすると美味しさが中に染み込むのだが、その加減はなかなか難しい。
柔らかすぎると殻をむく時に破壊される。
ゆで卵の殻むきは人生においての難儀なことの一つである






麺が茹で上がったら。よく湯切りして、スープをついでおいた丼に入れる。
グルテンは残して(麺は洗わないで)そーっと入れて食べた瞬間のふわっとした感触を残す。
チャーシュウは柔らかく、スープの表面に適度な脂が輪を作る。
200円で3食分なのが嬉しい。

母の所に友だちが来た時、母はいつもラーメンを出前で取っていたものだ。


何時しか、僕が作ってあげることになった。
母から出前の注文が来たものだ。
僕の仕事は自宅でプログラムを作ることなのだが、時折ラーメンの出前もすることになった。

その友達も、年とともに一人欠け、二人かけていった。
やがて、いつも来ていた親友のKさんが娘さんのところに行くことになって母からの注文は途絶えた。


それでも、時折、父と母の2人前を作っては持っていった。

歯のない母にも食べれるように少し長めに(柔らかく)麺を茹でた。



食事というものは深く思い出と結びついている。
ラーメンを茹でるたびに思い出す。

今日は、父の一人前である。



もちろん僕は麺は食べないでチャーシュウとお煮しめ、朝の残りであろ(笑)。
昨晩のイワシが残っていた。







夕食は、汁の仕立て直しと、様々なおかずがあったので合わせて作った。
父が17時位に来たので食事を出した。

多彩なタンパクを少しずつ。
身欠きニシンがあったので焼いた。朝の鮭とロースのアスパラ巻きがあった。
一皿の料理は、何回かの食事にオーバーラップさせると多彩さが担保される。
汁は昨日のものに野菜を足した。



今日は子どもたちも妻も遅い。
仕事も少し忙しい。


父と話して、今日から、酒はコップ2杯にすることにした。
2つコップを用意して、ついでおいて、2杯が無くなったら終わりである。
とはいっても、家に帰ればいくらでもある。コンビニに行けば簡単に手に入る。
監視しても仕方がない。心は鎖につなぐ訳にはいかない。


妻はなくなり、友人たちも先に逝き、自分は衰えていき何もできなくなっていることを実感している。
いつも「美味しいものを食べさせてありがとう」と言ってくれる。
必ず、『僕も食べているものだし、特別なことはしていない』という。
『じいちゃんが食べて元気な食事は、僕も元気になる食事なんだ』という。

遺伝形質も、マイクロバイオームも多く重なっている家族(親子)にとって、先に生きている父の食事は、自分自身の健康な食事作りの指針となる。
次の本の隠された主題である。





家族というシェルター、食事作りという高度な専門職、食事という技術を保持する装置としての家族。
いずれも見事に消え去ったものである。







年金はたくさんもらっているのだし、うちで一番の売上だよというと嬉しそうに笑う。
あと10年、ひ孫を楽しみに暮らすという。
今、地元の介護施設にお世話になっている「10歳年上の兄」の所に遊びに行こうと約束した。


生きがいとは何であろうか?
若い頃は夢中で考える暇もなかったが、この歳になって考えることが多い。
父は良いお手本である。

僕はどんな30年後を迎えているだろうか。
父は元気な120歳になっているであろう(笑)。
負けてはいられない。



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