幸運な病のレシピ( 1060 )朝:後片付けを科学しながら「味噌汁と餃子の餡」作っていたら、父が来たので目玉焼き

今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。
『炭水化物がいらない食卓』はこちら『幸運な病のレシピ 宣言』はこちら『幸運な病のレシピ』はこちら
人生痩たり太ったりSeason2、Season1はこちら

【 2019/3/5の食事 】

どうして「厨房研究者(笑)」は後片付けをもっと重要視しないのだろうか?
生活習慣病の原因が「商品化された食事」にあるとすると、一食に高いカネを払うか、自分で作るかする他ない。
一番の障害は後片付けにあると思う。

厨房仕事を全部やると決めてから一番苦労したのは後片付けである。食べ終わったらすぐに片付けるというのは理想的なことではあるが、そうも言っていれない。
作った後に片付ける流儀の人もいるが、そうすると一緒に食事ができない(一緒に食事したくないからと言う側面もある)。
昔の家は、旦那さまが先に食べて、その間に女性チームは片付けてテーブルの下手で食べたような気がする。
確かに「飯は黙って食え」という思想があった。


食事のコミュニケーション論を考えているのだが難しい。
誰かが作った食事を食べるということの意味をこの数年考えている。
作る人と食べる人の関係というのは複雑だ。ある意味のパワーゲームがそこには見つけられる。
もう少し身辺が落ち着いたら書いてみたい。
単に、家族の間での作る人と食べる人の関係だけではない。
振舞う人(招いてご馳走する)、招かれる人、注文する人、注文を受けて作る人。
上手く類型化出来るだろうか?


幸運な病のレシピ( 1060 )朝:後片付けを科学しながら「味噌汁と餃子の餡」作っていたら、父が来たので目玉焼き


昨日は良く飲んだ。時折父の家で食べる。僕がお客さんになったように、母が亡くなる前に時折一緒に食べたように一杯やった。