自分たちの低能さを隠す為に「森口尚史」を切り刻むマスコミ

読売新聞が端緒だったはずだが、その記事を書いた男の名前は何だろうか?
読売新聞で、その記事を掲載させた責任者は誰だったんだ???


例えば、飲み屋で酔っぱらいが自分は「iPS細胞(人工多能性幹細胞)の初めての臨床応用を行った」って言っていたら記事にするだろうか?

問題にするべき事は、何も裏を取らないで記事にして、一人の男を破滅させた『読売新聞』だろう。

朝日新聞もひどい記事を書く。「失笑が漏れた」とか、ちょっと、何だねえ。



確かに「森口尚史(敬称は何にして良いか分からない)」にもいけない所は有るだろうが、こんなに皆でよってたかって切り刻まれるほどのことはしていない。

自殺しないで良かったなあとおもう。
彼は病的な虚言症なのかもしれないが、そもそも、マスコミ(読売新聞)が最初から取り上げなければ何も無かった事ではないか??


この事件は、無責任な読売の記者が焚き付けて、その杜撰な記事が書かれた過程をもみ消すマスコミ全体の犯罪である。読売の記者を匿名で終らせてはいけないよなあ。




「森口尚史」に同情する事はないが、ここまで極悪人扱いすることはあるまい。



世の中にはもっとひどい連中がいる。




朝日新聞デジタル
記事2012年10月14日2時58分
森口氏「やったんです」 iPS臨床、1例の実施固執
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 【ニューヨーク=真鍋弘樹、行方史郎】iPS細胞(人工多能性幹細胞)の初めての臨床応用を行ったと主張する森口尚史(ひさし)氏は13日、ニューヨーク市内のホテルで記者会見し、国際会議で発表しようとしていたiPS細胞を使った手術について、時期や回数などに虚偽が含まれていたことを認めた。

 森口氏はこれまで手術を6例実施したと主張。しかし、うち5例は「これからやる予定を話してしまった。ちょっとハイになっていたかもしれない。不徳の致すところ」と説明。「オーバーにうそをついたと認めます」とした。

 一方で、今年2月に行ったと主張してきた手術の時期は「昨年6月だった」と訂正したが、手術をしたとの主張は続け、パスポートの出入国記録を示した。入国は観光目的のビザなし渡航だった。手術をした場所、日時、執刀医の数などについては言を左右し、「一応、ボストン市内の病院ということで」「記憶にない」などと、具体的な証人についてはまったく示すことはなかった。

 文書に残った証明としては、「1例目の文書は、千葉の自宅にあります」と言いながら、「大学側が保存していないとなると、それは想定していませんでした。日記レベルでのものはあります」と語った。

 虚偽の説明をしたことによる社会的責任ついて問われると、「道義的責任を含めて、申し訳ないと思っている」と謝罪した。会見には日本メディアが多数、出席。ニューヨークで前日、前々日と一部メディアから長時間の取材を受けたことについては「軟禁状態で寝てないところでもうろうとしていて、昨日は非常に精神的に参っていて(明確に話せなかった)」とも話した。

 虚偽の説明については「道義的責任を含め、申し訳ない」と謝罪。今後について「研究者としては終わりだと思います」と述べた。

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 現地時間13日午前10時に始まった会見は2時間以上に及んだ。「すべて虚偽だと認めたらどうですか」と報道陣に問い詰められても、うつろな表情で「6月の手術は本当です。やったんです」と固執した。

 この日、登場した「昨年6月の手術」については、実施したのはマサチューセッツ総合病院ではなく、「ボストン市内の別の病院」という新たな主張が飛び出した。

 「自らも一部、患者に注射をしました」と言いながらも、病院や執刀医については「言えない」の繰り返し。この時期に米国に渡航したことを示すため、自らのパスポートを見せる一幕もあったが、「何のビザで」と問われ、「観光ビザです」と答えると、苦笑が漏れた。

 ハーバード大での肩書を偽っていたことについても「うそはついていない。間違いない」と断言した。

 最後の言葉は、「(1例)やったことには自信があります」だった。


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朝日新聞デジタル

記事2012年10月13日1時14分

「iPS臨床」の森口氏、資格は看護師 職を転々
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 iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使った日本人研究者らによる「世界初の成果」に疑義が生じた。

 日本時間の12日午前。森口尚史氏は滞在先のニューヨークのホテルで、テレビ局など報道各社に囲まれていた。

 「(移植手術に)立ち会いました」「(移植を)証明する書類は、日本に帰ったら家にありますので」

 臨床研究の「成果」を強調する一方、移植手術時に米国にいたことを確認するために旅券を見せてほしいと問われ、言葉を詰まらせる姿がテレビで何度も放映された。

 森口氏は1993年に東京医科歯科大を卒業し、看護師の資格を取得。同大学院で保健学修士を取得した後、医療系の財団法人や、東大先端科学技術研究センター、東大病院を転々とした。医師ではなく、肩書は常勤・非常勤、客員・特任などとめまぐるしく変わった。

 センターにいた99〜2010年のうち、常勤だったのは知的財産法が専門の特任助教授の4年間だけ。最後の1年間は雇用関係がない無給の交流研究員だった。当時の同僚は「森口さんは医療統計の専門家。実験している姿は見たことがない」。

 今回、臨床研究の共同研究者として名前を使われていたのも、センターの同僚だった。井原茂男特任教授は「森口氏は一生懸命でいつも新しいことを追求するタイプ。彼の口から何も聞いていないので、早く説明してほしい」と苦笑いを浮かべた。

 東大病院では、形成・美容外科の実験を手伝う非常勤の技術補佐員から、現在は常勤の「特任研究員」。特定の研究のために雇われる研究員で、研究代表者の権限だけで決められる。森口氏の場合は形成・美容外科助教が決め、同科の上司たちは「森口氏の存在を知らない」としていた。東大病院広報は「現在、特任研究員が何人いるか不明」という。

 千葉県市川市の住宅街にあるアパート。森口氏は家賃6万円あまり、築数十年の1Kに十数年来、1人で暮らしているという。大家の70代女性は「もしウソをついていたなら、なぜすぐ分かるようなことをしたんだろう」といぶかった。

 数年前には「東大教授になりました」と聞いていた。えらい先生でもこんなところに住むんだ、と不思議に思った。そして、今回の騒動。「何かウソをつく必要があったのか。いろいろ考えると心が痛みます」


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