幸運な病のレシピ( 227) 朝:88歳のペグソリティア

ペグソリティアのボードを昔作った。
2009年の頃である。
その頃、父も元気で一回全クリをしたと思う。

昨晩何気なく遊んでそのままにしておいたら、朝食を食べた父が「これはなんだ?」と聞いてきた。
ゲームの仕方も忘れていたので、教えたら、なんと残3個まで行ったではないか。
おどろきである。



父の様子は、母が亡くなった直後はひどかった。
ろれつがまわらないこともあったり、何よりも、何かをしたいという気力がなくなっていた。
施設に入れろと言う輩もいた。
僕はなんとか食事で回復できないだろうかと考えた。



母は、亡くなる2-3年前から自分で食事を作れなくなっていった。
そして、いつの間にか「抗うつ剤の一種」の中毒になっていた。
僕自身が糖尿病の眼底網膜症で失明の危機を宣告されていた。



毎日、何とかなって欲しいと、そればかり考えて食事を作った。

無くなる3-4ヶ月前には一切の薬を飲むことなく穏やかになっていた。。
僕の糖尿病の進行も驚くべき回復を見せていた。




今も取り組んでいる。

死ぬ瞬間まで元気で、コトリと死んでいける食事を作ることは可能だろうか。

僕自身の食事も父と同じように作っている。

血糖値を測ることで生活の指針を立てることが出来る「糖尿病」で僕は良かった。
食事や家族の意味を考える機会を得たこと、職場と生活の場が近い仕事で良かった。

僕は幸運である。



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