幸運な病のレシピ(10)ブリカマのパイ皿焼き 多彩なタンパク質

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お寿司が大量に売れる日がある。
こどもの日とか、お彼岸とか、連休、母さんの日などである。
その日は、大量に魚がさばかれる。

当然、カマやアラが出る。
狙い目である。
100円〜200円で一パック買って、パイ皿で焼くのである。
これは旨い。



パイ皿に載せてオーブンで燒く。
少し時間が掛かるが時々返してやる
日が通った頃に醤油を垂らして2回位返しながら炙る。




かなり美味そうである。
とは言っても、目玉のあたりなどは、妻は気持ち悪いから食べない。





顔の部分は細い骨がないから、父にも好評である。
何せ一匹から2つしか取れない。
軟骨もほとんど食べることが出来る。


冬、新巻鮭の「氷頭ナマス」は好きである。
2010年の話であった。











「栄養があるから食べる」という姿勢は僕は嫌いである。

「美味しい方食べる」という考え方とどこが違うのだろうか?

幾度も考えるが、上手く表現ができない。

「体にいいから☓☓をする」「体に悪いから◯◯はしない」という姿勢は、基本的に、「我慢」を知識で強制している。
そこに問題があるのだ。





先日、ネットで「便座に座ったままでスマホをすると痔になる」と言う記事を読んだ。
これって、家族がトイレでスマホしているのを辞めさせたい人が読んでは、
「こういう記事がかかれていた」ー>「俺は文句はないが、辞めた方がいい」と強制するための記事であろう。


しかし、人生は我慢大会ではない。
と同時に、好き放題していたら、僕のように糖尿病になる。
ではどうすれば良いのだろうか?

今の生活は、少し我慢はするが、好き放題なのである。



結論が出ない。



食事に関して悩みながら、様々なダイエット本やレシピ本が集まった。
読めば読むほど、面白い。
そして何故、こんなに食事に関しての「知識」が蔓延するのだろうか?
僕の両親が若い頃はなかったのではないだろうか?



今の僕たちは、何を食べて良いのか分からないのだ。
生活習慣病が食事によるものだということは確信している。
糖尿病と診断されながら、HbA1cが食事で正常値に入るのだからすべての生活習慣病からも食事で逃れることが出来ると思っている。




しかし、どんな食事を採れば良いのかと言う問いかけに答えはあるのだろうか?
もしあるならば、それは嬉しいものだ。






魯山人の展示会に行ってきた。
数冊彼の本は持っていたので、少し読み直してみた。
青空文庫でも随分でていたので、未読のものなども読んでみた。
参考になる記載があった。
料理は食べる人のことを考えて作られなければならないと言う意味の内容である。
実に面白い。
基本的に彼は好きである。







遠い所で作られた弁当や食堂で食べる定食などは、食べる側の個別の状況は考えていない。
無論、健康な食事の知識は満載である。
しかし、それは「間違えていない知識=エビデンス」でしかない。
「その人に必要なもの=ナラティブ」であるかどうかは疑問だ。


最近、日本の医者で研究者が書いた「エビデンスとナラティブ」の本を読んだ。
金を「ドブ」に捨てたようなものであった。
「ナラティブ」を「患者と対話して、患者に健康情報の重要さを教えて、患者の生活を変える」と考えているのである。
『悪いのは患者で、医者は立派で、正しい知識で改心させてやる。』と言う思い上がりの塊のような本であった。

この考え方の基本には、「自分は健康だ」と言う思い上がりがある。




生活習慣病の体験記(患者の書いたもの)で面白いのは医者が患者になった話であろう。





検査値正常が生活習慣病を隠す。
今の社会の中で生きている以上、「皆さん、もれなく生活習慣病でお亡くなり」となるのである。




多分、次の本の主題である。



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