「信頼と裏切りの社会」 一読。すごい本だ!

先日、娘の誕生日のプレゼントにモレスキンを買いに新潟のジュンク堂に行って本を見つけた。

「信頼と裏切りの社会」 2013/12/24 ブルース・シュナイアー (著), 山形 浩生 (翻訳)

山形 浩生さんは大好きな方で、新しい本が有るなあと思い、パラパラと見て、恐ろしい衝撃を受けた。
イジメがなぜ社会、コミュニティ、グループ、年齢も性別も関係なくヒトの社会に「広範囲に起こるのか?
そんな疑問に対して統一的に説明できる理論である。

同じ「社会、コミュニティ、グループ」に属しながら共通の価値を持たない人間を「社会、コミュニティ、グループ」如何に扱うのかという事を論じている。
まさに、イジメがその現象の根に持つ問題である。


はたして、この方向がいいものかどうかもう少し進んでいきたいと思っている。



以下、友人にだしたメールの引用

インターネットセキュリティの専門家である著者が「技術的な問題」でない観点からネットの危険性を論じています。

従来、私達のコミュニティは狭い範囲で閉じていて、構成員それぞれの利害を暗示的に理解していた。
その上で、コミュニティの共通の利害に対しての行動規範が有った。
その上で、裏切り者に対しての対応が(暗示的に)決まっていた。
共同体が大きな範囲に拡大したために従来のルールでは対応できなくなっているという事を論じています。

今、僕は、この裏切り者に対しての対応こそが「イジメ」だと考えています。
私達の本能(と言っていいような深いレベルでのビヘイビア)がイジメを生んでいると考えています。

やっぱ、アマゾンだけじゃ駄目だよね(笑)

この本のお陰で、ずーっとかけていたピースが見つかったような気がします。
イジメを生む原動力をどこに求めるのかということに対して僕の今までの考え方では駄目でした。
『「支配欲」「性欲」を元にした集団のバランス論』とでも言うようなものを考えていましたので……..。
その論ではどうしても説明できないことがあり、有効な対策がたてられないのです。


【個人の利害とグループの利害】
工場で働いている時に1つの怪我の裏側には数多くのヒヤリがあり、そのヒヤリを少なくする方策が重大事故を減らすということを学びました。

私達の生活は、まさに分単位で様々なグループ、コミュニティを作り、その中でそのグループ、コミュニティの共通の利益と個人の利益を調整していきます。
例えば、電話一本かけて話をするだけでも、生じると思っています。

その様に動的に小さいイベントが積み重なって関係性が固定されていくと考えるとよくわかると思います。


イジメを何らかの大きな事件(イベント)に結びつけることは労多くして実り少ない物と思っています。
ヒヤリをいかに検出して少なくする方策を考えなければならないと思っています。
また、教師との関係性の中に軋轢の原因が有るとすると、信頼の回復は困難だと思います。

事件が解決しても、その構成員がまたグループになった時に「同じ関係性」が生じて、別な形で問題が起こるからです。

互いに異なった利益を持った人間が共に何らかのグループになった時があるとします。
その時に互いの利益とグループの利益を「調整するスキル・ビヘービア」を明示的に学ばなければならないと感じています。



最近ハマっているアドラー心理学なども援用して論をたてたいと思います。


【おまけ】

子育ての過程で多くの問題が見られます。またDVの連鎖も大きな問題です。
パワハラ、セクハラの様な問題も、いかに個人、集団の利益を調整するか、という観点から考えないと駄目なような気がします。

僕はそういった家族・会社・グループ・コミュニティに見られる一般的なの問題も、どこでビヘービアを学んだかということを考えれば、人の社会全般に統合した理論が成り立つような気がします。


506011