幸運な病のレシピ( 1049 )朝:後片付けを科学する 「アンドロイドは生活習慣病の悪夢を見るか?」

僕の流儀では、後片付けは、下ごしらえと表裏一体。コンピュータサイエンスの技法の一つに「必要になるまでクリーンナップするな」と言う考え方がある。

処理後はきるだけそのままの状態にしておいて、後処理は次の処理の直前に一括してやると言う考え方だ。


どうも妻にはそれが我慢ならない様で、いつも流しがきれいでないと気がすまない。だから、誰かがなにか汚しものを出すとまるで犯罪現場を発見したかのにきれいにしようとする。
 
世界は混沌としているのだ、混乱は残しておけばいい。と僕はいつも言うのだが、どうしても納得行かないようだ。妻の実家がいつもピカピカだったことを思い出す。僕の母と大違いだった(笑)。
考えてみると、かつて、夫の収入が十分で、妻が家事のスペシャリストとなることが許された幸運な時代は、家の中はピカピカになっていた。しかし、同時に家に家族は縛られていた。そんな時代はもう来ないし、必要でもない。社会は変わり続けるのだ。
 
床掃除程度ならば巡回する掃除機に任せることも出来るだろうが、厨房仕事は生きることと一体だ。マニュアル通りに料理を作るアンドロイドは可能だろうが、自分らしさを見つけ出す食事はAIに作ってはもらえない。医師や栄養士は、あなた自身の欲望を想像することさえできない。
 
いくら血液検査重ねても、身体というコロニーの瞬間は2つとして同じものはない。「π」が永遠に同じ数字を並べないように。
 
アンドロイドがやってくれる未来を描く小説もあるが、僕の代わりに生きてくれるアンドロイドはいるだろうか?
 
「アンドロイドは生活習慣病の悪夢を見るか?」うん、良い題名だ中身は憂鬱そうだが。


幸運な病のレシピ( 1049 )朝:後片付けを科学する 「アンドロイドは生活習慣病の悪夢を見るか?」