「ラングとパロール」(2)「食事」という「守るためのシェルター」は「侵襲」であった。そして、反抗はあらたなる環境への適応への道筋であった。

【 前 提 】

ヒトは他の生物にはない特徴を持っている。

それは「調理」である。
多くの生物は、植物を基準点にして、その炭水化物を様々な形へと代謝して生命を維持する。
そのプロセスを「食物連鎖」と呼んでいる。
食物連鎖の中で、植物が生存できる「温度や日照時間、給水」などの諸条件にその連鎖は依存する。

地球には四季があり、植物は一度死ぬことでその変化を乗り越える。植物というと「根〜幹〜葉」をワンセットに考えがちだが、「葉」が生命の主体である。動物の生命の主体が細胞であるように冬になると植物は一度死ぬのである。多年生の植物の幹はマンションのようなものだと考えればわかりやすい。動物は移動することで生存圏を求めて移動する。渡り鳥や、地上を水と植物を求めて移動する有蹄類を考えればいい。また、蟻のようにある種の微生物を飼っている場合や冬眠を選んだ哺乳類も考えればいい。





保存可能な炭水化物を大量に生産すること、その炭水化物を調理して食べることを「学習」したヒトはあらゆる食物連鎖から自由になった。

しかし、問題は文字を持たないヒトがいかに調理方法を伝承したかである。

時間を始めとする複雑な抽象概念を操ることの出来る言語が必要であることはもちろんである。

そして、技術を維持するためのスペシャリストが必要になった。

狩猟採集の時代には他の集落のヒトを「食材」として扱っていた。
しかし、人肉を食料として消費する以上に、「兵士や奴隷」として利用することでより大きなコミュニティとなり、余剰の穀物はコミュニティの権力となっていった。

つまり農耕以前は、「オス」は他の集落を襲ってその集落のオスを食料として、子供と女を労働力(採取狩猟)として群れに迎え入れる。
大型の哺乳類は、狩りの対照とするにはリスクが大きく小型の虫や哺乳類は量的に問題がある。最も適当な獲物は「ヒト」であったのだ。オスは役に立たない穀潰しでしかなかったのである。


暴力の人類史 上

暴力の人類史 上


農耕は事態を一変させる。生け捕ったオスを餌を与えて働かせても十分お釣りのくる状況を生み出したのである。
「奴隷」と言う労働に特化したスペシャリストの誕生である。
おまけに飢饉になったら、食うことも出来る。
なぜカ二バリズム(人肉食)が「ほぼ全ての農耕社会で」タブーなのかということもこの考え方ならば納得がいく。禁止しなければ、すぐに始めたからである。近親相姦も同じである。タブー・神話を見れば私達の辿ってきた道が見える。石器時代に生きる人々が決して野蛮なわけでも未開なわけでもない。そして私達もその環境にいれば同じように生きるのだろう。僕は筋金入りの構造主義者である。



文明とは、農耕技術を維持するために生まれたのである。
炭水化物は人の集団を大きくする力を持っていたのである。




そしてその大きくなたコミュニテイは「食料の分配」と言う重要な機能を担うことになった。
かつて(採取狩猟の時代)は血縁単位のコミュニティが大きく拡大されたのである。
その拡大は、血縁単位のコミュニティのプロトコルを維持している。



そして「食事」は属する身分(コミュニティの中の役割)で厳しく限定されていたのである。
「米」は兵隊の食事であり、奴隷は「雑穀食」を強制された。

宗教的な食事のルールは、分配の手段として宗教が機能していた時代の名残である。
そのルールは、感染症を防ぎ、リソースの有効な利用を目的とする。
一見して不合理なルールも、時代という環境の下では合理性を持っている。



【 本 題 】

家族の中での食事は厳しく律せられていた。
同時に、家庭の中で調理の方法は伝承され、パロールとして機能していた。

食事の提供は家庭にしか出来ないものであり、食堂は「高級なご馳走」をたまに食べるだけのものだった。
食事を「商品」として提供する商店はなかった。

その時代は「家族」と言う関係を維持する「提供される財」が食事であり、様々なルールは家庭という器の中で世代を超えて伝えられていた。


【 食事の通貨として機能 】
かつて、経済(生産と消費)の単位は家であった。
家業と言われる生産(農家、商業)家督制が存在していた時代は、生産手段を分割することは企業としての「家」の死であった。同様に、経営者として劣った者が「家督」を継ぐことは致命的な問題があった。


そしてグローバリズムは、商品を低価格で提供する企業が「消費」を奪うことになる。
その後で、地域で買ってもらっていた商店が消え、農家が消えていく。
そして、卸問屋が消えてシャッターはしまったままになる。
地域活性化などというのは無理な話である。

街に残っているのは「コミュニティ型の商店」だけであるが、それもユーザーが消えていくことで消える。

かろうじて、メンテナンス系の商店は残るのである。




食事に招かれるということは大変なことであった。
コミュニティに参加するという意味があったのだから。


過程を描いたドラマにはかつて、食事をともにする「居候」と言う存在があった。
賄い付きの下宿というものがかつて(30年くらい前まで)はあった。

「食事」が市場経済の中で「商品として魅力的なもの」となるのは1980年台だったような気がする。
大店法や、ファーストフード店の台頭そして家庭での素材から料理を作らなくなることの始まり。
家族の崩壊、イジメや学級の崩壊、学校自身の変容など、多くの構造的な変化は一気に起こり進んだ。
その一環として「生活習慣病」「医療の変容」を捉えるべきである。


つまり、「デブは社会の生んだもの」なのだ(笑)。







ヒトは細胞やマイクロバイオームのコロニーである。
そして、「細胞やマイクロバイオーム」はヒトと言うコロニーを操る。
これはあらゆる生命に共通する共存関係である。




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