宗教なき時代 の検索結果:

凄い映画だと思うが、あまりに見るのがつらそうだ。命を燃やして絶望を表現する人たち。

確かに、銃は人を殺さない、人が絶望を表現するために銃を漬かって人を殺す。 自分も含めて。 www.youtube.com 子供の自殺に責任はないと逃げる教師、過労死には因果関係がないと言い放つ経営者、そういう連中をっ見るたびになんと無駄死にかと思う。 全く見も知らずの子供を殺したり、放火したり、』全く関係のない「狂人」に殺されるのを見ると心が痛む。 自分が家族だったら耐えられない。今の社会の問題は、自分の苦悩と「それに対する直接の因果関係」が見つからない事だ。戦いようがない。…

絶望を表現する人たち(4)なぜ「テロ(無差別な殺人+犯人の自死)」の被害者の小学校名が第一報で報道されて、今は報道されていないのだろうか?(さっきのニュースでは学校名がはいっていました。)

テロ(無差別な殺人)の報道に接するたびに憂鬱になる。 被害者のご両親の悲しみは考えるだけで辛い。そして、被害者の通っていた学校名を新聞社のサイトで知った。 交通事故なんかで小学校の生徒が亡くなった時に学校名が報道されることは少ない。いじめの自殺のときなどはあまり学校名は報道されない。学校が特定されて先生が避難されるのを嫌うのだろうか(問題が大きくなると報道される)? 実名報道に関しては大学時代にいろいろと考えさせられた。マスコミの世論誘導の一つの方法だ。そしてマスコミは政権(…

絶望を表現する人たち(3)「産後うつ」に治療薬がFDAで承認された。「うつ」は病気ではない、過酷な環境に投げ込まれたヒトの当たり前の反応なのだ。

…は危険思想だ。 今は宗教なき時代なのだ。 そして、僕は母を失ってから宗教を信じる。金では変えないものが有ることを知っている。グローバリズムは人非人の経済学なのだ。しかし、問題は誰もが「自分が可愛い」ということだ。僕も全財産を誰かに寄付することはない。 自分の中には他人に対して『非人間的』になる現実が有る。刑法でも緊急避難というものが違法性を阻却する。これは当たり前のことなんだ。昨今、会社では社員が自殺した時に責任を追わないためにカウンセリングを受けさせる。 無理な営業目標や困…

総選挙中止はしても、握手会「肉体的接触の一括販売会」で利益をえる連中はそのままだし、アイドルというステップから大金持ちの金をふんだくる「かぐや姫パターン」は維持される。結局は大量のCD買っている子供の親が貧乏になる(笑)。

…、僕の中にある。 「宗教なき時代の政治学」、「僕のマイクロバイオーム論」の一部としてのメモである。 www.asahi.com かぐや姫問題に関して masaya50.hatenadiary.jp masaya50.hatenadiary.jp masaya50.hatenadiary.jp masaya50.hatenadiary.jp masaya50.hatenadiary.jp AKBに関しての言及 masaya50.hatenadiary.jp masaya50.h…

「宗教なき時代の政治学」(9)ディールと忖度の時代、小さい商店が消えてグローバル化した「行政と企業」が99%の市民を奴隷とする。

忖度(ソンタク)とは一般的な行為である。 私達は「空気を読ん」だり「顔色をうかが」たり「阿吽の呼吸」で打ち合わせもなく結果を出す。 コミュニティ(人の集団)とは自分の持っているリソースを提供して、共通の利益をあげ、配分を受ける。いじめもこの観点から見なければ問題の本質は見えない(いじめとは事件ではなく離脱できないコミュニティにおける関係性なのだ)。 かつては、小さい企業が街中にあふれていた。農家もある意味企業である。 仕入れて、生産して売ることで利益を得る。互いに協力するとき…

「代謝」という哲学、『「同化・異化」という無知蒙昧』を生む「免疫という傲慢」

…18-12-19 「宗教なき時代の政治学」(8)何もなくとも「味方半分、敵半分」、なんかありゃみんな敵 『「上沼恵美子」に対しての暴言事件』と呼ばれる現象とその反応 「郷に入ったら郷に従え」という言葉が僕は大嫌いだ。 「分相応」「身の程を知れ」僕がいつも言われている言葉だ。しかし、自分が変われなくなったら、きっと好きになるだろう。 自分が「郷=既得権益者」に成ったということであろうか。 生命は環境が変わることで、自分の存在の場を見つける。 逆から考えれば、自分が生きやすいよう…

「宗教なき時代の政治学」(8)何もなくとも「味方半分、敵半分」、なんかありゃみんな敵 『「上沼恵美子」に対しての暴言事件』と呼ばれる現象とその反応

このシリーズはこちら このエントリーとこのエントリーの続きです。「2011-08-23 島田 紳助やっと辞めたか。本当はもっと悪い事隠しているのだろうな。」「2011-06-21 芸能界の既得権益者たち。」メディアのおいては「上杉隆さんvs町山のバトル」「2013-01-03 僕は上杉隆さんが好きである。」もどうぞ。 僕が労働組合の委員長で、1億3千万円の退職手当を親会社からもぎとった時のことを思い出す。もう20年が経つ。 親会社は海外にボーキサイトの鉱山を持ち、日本でニッケ…

「宗教なき時代の政治学」(7)忖度ではなく、自分自身の力で勝負することの潔さ,

このシリーズはこちら このエントリーの続きです。相当面白い。 僕しりとりが苦手だ。餃子を包みながら一人でやっても、一瞬で負ける。 上手い人を見ると尊敬していまう。 こういうお笑いを見ると。忖度せずに自分の力を見せることの凄さを感じる。 審査員席に座ることは、芸人としての終わりである。 解説席に座ったり司会者になったり、他人を躍らせて金をピンハネするのって好きではない。 そういうテレビ番組などを見ると、憂鬱になる。現実の社会と変わりないではないか。 MCやら審査員やらは「管理職…

「宗教なき時代の政治学」(6)忖度の社会、テレビをみなくなった理由

このシリーズはこちら大笑いである。 漫才なんかよりよっぽど面白い。「老害」という言葉を絵にかいて額に入れたような話である。 この業界のヒトは、よっぽど「上沼恵美子」が恐ろしいんだろうねえ。 というよりも、「上沼恵美子に忖度している業界人」が恐ろしいのだろうね。ネットというコンペチターがいる環境で、テレビというものが駄目になっていっているのがわかる。 この記事のなかで「上沼恵美子」よりの連中は次の「上沼恵美子」になろうとしているんだろう。 権威を肯定するのは自分の番を待つためな…

「宗教なき時代の政治学」(5)Divide and conquer 銃規制・妊娠中絶は絶好のネタである。富の再分配の諸相。

このシリーズはこちら宗教とは何か、死を意識することで別な意味の豊さを求めるためのきっかけである。金持ちはうまく生きる。金のある人間の元にカネが集まるのはこの世の中の時始まりからの理(ことわり)のようである。 「トリクルダウン」金持ちが豊かになると富が溢れてきて社会全体が豊かになる。という都合の良いおとぎ話があったが、すっかりなりを潜めたねえ。しかし一面の真実なのだ。金持ちにおべんちゃらすれば大金が転がりこむ。行政におべんちゃらすれば補助金が手に入る。忖度の時代というのはそうい…

「宗教なき時代の政治学」(4)移民問題の深層を考える。奴隷生産の隠蔽と効率化。少子化対策を嗤う。

このシリーズはこちら移民問題をどう捉えるかというのは大変難しい。 生活習慣病は本来アウトソーシングできない様々な事を、(分解して)サービスとして捉え「市場化」して価格の安い提供先に外注するから起こると考えている。「教育、医療、介護、食事」がサービスとして捉えられ、市場化されている事に問題を見ている。 そしてここには「子育」も入れる事ができる(入れるべきだ)。移民問題を「子育ての外注化」と考えるとどうだろうか?もっと、嫌な表現を探せば「奴隷の外注化」である。今の奴隷制度は出生・…

「宗教なき時代の政治学」(3) CNN出入り禁止をメディアはどう報じていくのだろうか。

このシリーズはこちら僕はトラちゃんも、それを嫌う人たちも嫌い。CNNの記者が何度も聞いたら、トラちゃんは怒り出して記者を出入り禁止にした。 さもありなんである。 この手の話となると、いつも、佐藤栄作の1972年6月17日の退陣表明記者会見を思い出す。 新聞は勝手なことを書くと言って、追い出したのである。 ビッグブラザーがテレビから自分の都合のいい音ばかり流しているシーンであろうか。 けどねえ、政治家の皆さん、新聞記者や批判的な報道なんて屁の役にも立たないのだから安心するといい…

「宗教なき時代の政治学」(2) トラちゃんがアメリカを分断させているわけではない。分断された社会がトラちゃんを産んだ。

このシリーズはこちらかつてアメリカは奴隷を輸入していた。 今は、奴隷が自分から入ってくる。そして、アメリカではすでに奴隷がいっぱいだから、これ以上入ってこられるのは困る奴隷が迎え撃つ。 ああ、愉快でない。 アメリカ的な能力主義「給料の差は能力の差である」という「宗教」を僕らは信じている。しかし、人の能力などというものはそんなに違うわけではない。 人が人として尊重される社会が可能なのだろうか。 しかし、トランプは大金持ちなのにねえ。 貧乏人がなつくのが面白い。 というか、忖度は…

「宗教なき時代の政治学」(1) 銃は人を殺さない、人が人を殺す。銃規制は何も意味をなさない。絶望がテロを生む。しかし、貧乏人同士で殺しあっているだけだ。

このシリーズはこちら銃規制の議論で、いつも出てくるフレーズである。 Guns don't kill people, people kill people.実際には、銃がなくとも無関係な人を殺す人はいる。問題はなぜ全く無関係な人を殺すかである。特定の人間を殺すのは、利害関係からだろうということは容易に推理できる。 自分が不当に扱われていると感じた時に、その怒りを表現するのだろうな。テロは基本的に自分も死ぬ。自分が死なないものを「政治」と呼ぶ。 誰にでも社会の中で成功するチャンス…