幸運な病のレシピ( 2052 )昼:春キャベツ、朝の鱒、昨日の鳥カツ、一昨日の肉じゃが(卵落とし)

【 2020/4/27の食事 】

昼はほぼ何も作らないですんだ。ここ数日の余っているものを美味しく頂いた。肉じゃが風に卵を落として煮詰まった塩っぱみを紛れさせた。春キャベツを刻んだ、スライサーよりこちらのほうが美味しいのである(僕は好き)。
満腹にならないと食事は止まらない。炭水化物は乾燥工程を通るために、細胞の中の「生命=水」が失われる。食事の中に「生きている食材」が入ってこない。生きているというのは生で食えというわけではない。細胞の中には水に溶け込んだ医学がその価値を認めない「代謝系」が含まれている。
代謝系とはすべての生命が持っていて常温での化学変化を起こす仕組みだ。この仕組こそが無機物から太陽の力で生命を作るカラクリだ。

医学が「栄養素」と呼んでいるのは「欠乏症」と言うわかりやすい身体の異常を引き起こす物。そして様々な拡張がなされているが、問題は解決しない。
新た異常が次々と私達を苦しめる。
答えの探し方が間違えているのだ。この50年の変化とはなんであったのかを探すべきなのだ。そして問題はいかに解決するかである。50年前には戻れないのだから事は厄介である。
ただ確実なことは、毎日の食事に答えがあるのだ。毎食素材から食事を作ればいいと言うと誰もが出来っこないという。だから何が問題で毎日日食事を作れないのかを考えている。


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「商品化された食事」「政治的に正しい皿の上の栄養学」が『ガンや、認知症、心疾患に循環器、壊疽に肺炎、透析に眼底網膜症、骨阻喪症にリュウマチ痛風膠原病に難病指定、薬で下がる検査値の異常(糖尿痛颶風高血圧に高脂血症)』を生んでいる。
「病(と医者が呼んでいる災厄)」は食事の反映でしかない。

炭水化物は毒ではない、誰もが抗えないほどに魅力的すぎる。食卓は、炭水化物が中心になり、緩慢で直接的な因果関係の見えない欠乏症を生む。
食事作りは面倒だ、私達が作れなくなったのには理由がある。そして僕は毎日素材から食事を作る。



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