幸運な病のレシピ( 1982 ):父の最期の食事、仏前のお供え、家族にとっての食事の意味

母がなくなってから毎日父の食事を作った。

母がなくなって、僕も父もメタメタになり、酒が止まらなくなった。父は愛する妻を失い僕はとんでもない現実に向き合っていた。父と僕自身の人生を守るために必死だった。
毎日二人でとんでもない酒の量だった。
半月ほどで父はロレツが回らなくなって、立てなくなり、救急搬入した。検査では何も病名は付かなかった。
僕もひどい状態だった。何とか食事で元気に生きてもらいたいと思い、必死に素材からに料理を作った。そして徐々に酒の量が減った。父をケアすることで自分も助けられたのだ。

一緒に食べて、何を一番好んでいるかを見ていた。

御飯の量も1/3にして、オカズと汁で満腹になるように食べてもらった。
できるだけ刺し身と魚、肉と汁を組み合わせて「食べることが嬉しい食事」ができないか頭を絞った。
母が毎日キャベツを刻んでいたので、必ず小鉢に入れた。ヨーグルトと果物をもう一つ付けた。

父は酒は好きだったので、少し減らして、一緒に飲んでいた。後に2合ー>1合と徐々に飲めなくなってきた。

毎朝6時位には味噌汁と魚を用意していた。父は時間に縛られない(笑)。
朝4時位に来て僕を起こし、テレビを見ている間に朝食を作ったりもした。
夜は5時には夕食を用意した。うちに来るのが遅いときはかごに入れて持っていった。


2020年3月8日に父がなくなった。

毎朝、お早苗のお膳を作り霊前におく。存命の頃と変わりなく作り、器は小さいが盛り付ける。夜に霊前から下げて、僕がいただく。米は少し硬くなっているが酒のつまみに丁度いい。
霊前に備えても死んだ人間が食べるわけではない。当たり前だし、そんな事しても意味はないと言われればそのとおりだ。けどね、一食盛り付けるごとに様々なことを思い出す。幻想かもしれないし早く忘れるに越したことはないかもしれないが、人の心はそう簡単ではない。

少し前に友人(数年前に施設に入っているお父さんを亡くした)からお悔やみの電話をもらった。まともに話すこともできなくて失礼したのだが、彼には「そんな風になっているお前が羨ましい」と後でメールいただいた。

それでも毎日少しずつ元気になってきている。
若い頃は宗教など馬鹿にしていた、しかし宗教という伝統的な「ケア」の意味がわかる。
マイクロバイオーム的な解釈も成り立つ所が面白い。


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栄養学は、老人の食事に関してのガイドラインを策定している。
内容を見てみると、まさにサービスする側のために作られているとしか思えない。しかし、それは仕方がないことである。

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介護施設に限らず、行政のサービスは「公平」でなければならない。
食事の公平さというのはなんだろうか。
随分考えているが答えが出ない。

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毎日朝作りながら思い出す。父がいつも「旨いがな」と言いながら食べてくれたことを。
思い切りいい笑顔だった。

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やがて子供も結婚してどこかに暮らす。
妻と僕はどちらかが先に亡くなり、立てなくなったら、施設に行くことになる。
自分で料理を作れなくなったらそうなる他ないのだ。

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母のことを思い出す。

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f:id:masaya50:20200331091817j:plain:w300 f:id:masaya50:20200331092142j:plain:w300 毎日作りながら、思い出すことばかりだ。

父が最後に食べた食事

イチゴに口をつけたぐらいだった。この後はもう殆ど食べれなくなった。ポタージュスープやフレッシュジュースを用意したが唇を浸す程度であった。
食べられなくなったら、お別れだと思っていた。
「点滴、経管、胃瘻」はヒトを長く生かす。しかし、自分出てべたいと感じないのに「食べる」ということは、身体というコロニーの内側で生きていけなくなっているのだ。
点滴は、身体というコロニーに生きる細胞生命のネットワークをフェイクする。あたかも他の臓器が「健全である」かの如く騙すのである。
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すべて生命はメタモルフォーゼしながら環境に適応していくのだ

点滴で生きたまま最後を迎えた方の遺体は痛むのが早いと葬儀店の方に聞いた。
昨年の7月に父は全く何も食べれなくなって僕はオロオロするばかりだった。
しかし、父は戻ってこれた。
食べれなくなるというのは「メタモルフォーゼ」が体内で起こっているのではないかと思い始めた。

「心臓や神経細胞(=脳)、甲状腺膵臓、腎臓」のような再生できない臓器は発生してからの「生」を記憶する。だから寿命がある。
そしてそれらの寿命のある細胞が寿命を終えると、残った細胞たちはその持ち駒で生きなければならない。
例えば僕はII型糖尿病っであるが、これは膵臓が何らかの事情で死んでいったために起こる。他の細胞たちは血糖値が高くなることで新しい環境を知りその場所で必死に適応しようとする。
インシュリン抵抗性」という現象を細胞たちの新しい環境に対しての適応だと僕は考えている。


様々な形で身体というコロニーに存在する細胞たちはコミュニケ^ションをとるのだ。
それが検査値の異常なのだ。




生命というコロニーは「食物連鎖(同じ温度・水分の変動の環境のエリア)」の中で生きる。
食物(それを構成している細胞)は「栄養素」が入っているコンテナではない。
その細胞の水の中には、数億のタンパク質があり、そのタンパク質を作り破壊する代謝系で溢れている。生命が満ち溢れているのだ。
生命を父の身体の中に運び込む食事を作ろうとした。

masaya50.hatenadiary.jp




家族の食事の意味

葬儀にかえって来た息子と娘が料理を作ってくれた。食事は家族をつなぐ絆だと思う。
自分たちで作って食べる食事は、失敗することも、味付けが薄かったり濃かったりすることが多い(笑)。
しかしレストランではない。
利益を出すために作っているのではない。

グルメ番組では客が偉そうに味を評価する。
僕の家で、食事を食べて、そんな事しやがったらタダじゃおかない(笑)。
食事はある意味権力関係の延長である。
だからむずかしい。
しかし、ともに生きる決心をしている家族には権力関係以上の物がある。

「家族というシェルターそして、欲望を閉じ込める檻」論である。


レストランやスーパーの食事は簡単で美味しいだろうが、誰にとってもおいしい食事である。
競争して作られるその味は私達を魅了する。
そして、生活習慣病と言われる「何種類もの薬を飲みながら、手術を繰り返し、やがて点滴・経管・胃瘻の人生の終わりをが待っているのだ。
あくまで統計的にではあるが(医学の喜ぶエビデンスはない)。


子どもたちが作ってくれた料理は僕にもっと生きろと言ってくれた。
頑張ったねと労ってくれた。
こんな食事は、どこにも売ってはいない。
僕はこの食事を一生忘れない。
まだ僕の道は終わってはいない。

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