幸運な病のレシピ( 1043 )夜:焼き鳥(ピリ辛)、牛肉炒め、餃子、鱒

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【 2019/2/25の食事 】

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鳥モモ肉はフライパンで弱火でじっくりと加熱して十分脂と水分が出てきたらトツトツ切りの長ネギをいれて水分と香りの援軍。焦げ目がついたら豆板醤と醤油でピリ辛にする。



幸運な病のレシピ( 1043 )夜:焼き鳥(ピリ辛)、牛肉炒め、餃子、鱒

牛肉は舞茸とオイスターソースで味付けが多い。
玉ねぎは組織がしっかりしている上に強い刺激性の「生命=医学が分析していない代謝物の含まれた差相棒内外の水分」の含有が多い。

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組織を強めの火力で叩いて中から「生命」をおびき出して、にくの「生命」と混ぜ合わせて戻す。
プチトマトは加熱すると少し古くても甘みが出て美味しい。



餃子は8個焼いた。家族が遅いので残りはまた後で焼く。餡は残っっているので明日以降のお楽しみ。
 

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野菜は畑の水筒だ。

遠い大地に降った雨を細胞の内外にためて食卓に持ってきてくれる。
カップ麺の乾燥野菜などは「生命のミイラ」に過ぎない。大事ななのは太陽光線をエネルギ−として「代謝=常温で形を変えた」水素と炭素の高分子化合物だ。そして、菌類ー>虫ー>少動物と「身体というコロニー」に受け継がれる。
ほぼ100%炭水化物に代謝された水素と炭素は「脂質とタンパク質」に代謝される。
それぞれにニッチ(隙間)を埋める「身体というコロニー」の中で多くの物質に代謝され、「海に満ち地に増えて」いくる。
 

クルーとパッセンジャー、そして海賊の生命観


細菌は個々の細胞生命が集まり外部に代謝系を持つ。
外部に開かれたコロニーなのだ。「身体という閉ざされたコロニー」を持たないために直接に気温と湿度の影響を受ける。
狭い環境でしか増えることができないが、無制限に空間を埋める。
身体というコロニーの中には最近と同じルールで生きるマイクロな生命がいる。
「クルー(乗務員)同じルール=DNAで外界に反応する」父と母のDNAに起源を持ち、身体というコロニーの中でしか生きれない。

パッセンジャー(乗客)身体には快適な害を与えない細菌やウイルス」身体というコロニーの中でしか繁殖して渡り歩く。

そして細菌と「クルーやパッセンジャー」は食べ物を取り合う。それを私達は「災厄」と呼ぶが、自然の当たり前な風景である。
 
細菌は多くの災厄のメインプレイヤーであるが、細菌のおかげで酒が飲める。
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これを生物の科学は「食物連鎖」というが、捕食者が偉い訳でもなんでもない。
時に人間が最大の捕食者だというが、壊疽で黄色ブドウ菌に、肺炎では違法の内側の粘膜が『捕食」されることを分かっているのだろうか。
生命の進化は「神への長い階段」を進む行列ではない。
特定の環境の中で満ち溢れようとする営みなのだ。研究者、医者や栄養士に足りないのは謙虚さである。傲慢さは災厄を招く。
 
もっと食べ物を大切にしたほうが良い。
 
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自然は「横着で怠慢」だ。手に入るものは自分では作らない。

「無駄を嫌う」と言ってもいいが、外部の生命から自分にとって必要な代謝物が手に入るなら内部では作らなくなる。

生命の外注化である。こんな所にまでグローバリズムが見えるとは驚きである。

そして「生命に必要な代謝物の外注化」は異なった「生命というコロニー」たともに生きる。
共生している生命は一式のフルセットだと考えるべきである。


しかし、単純に「ガイア仮説」を奉じて環境破壊を糾弾するのは好まない。
環境はヒトの考える「善悪」などという浅薄な言葉では論じきれない。
人が環境を破壊することは「善悪」とは関係ない。生命は環境を変える。
そして新たに適応するために「生と死」を繰り返す。外来種をあたかも自然に対しての脅威と考えるのはあまりにおそまつである。

宇宙(現実)は過酷な環境である。恐竜が絶滅したのは、環境の変化に対応できなかったためではない。
生命は、大きな環境の変化に対応するために「恐竜というコロニー(乗り物)」を捨てた。
恐竜は「生命が過酷な宇宙に適応する」ために絶滅したのだ。