呉秀三(1865〜1932年)は、東京帝国大学精神科教授、松沢病院院長などを歴任、わが国の精神科医療の礎を築いた医師

この映画のことを知った。
映画「赤ひげ」の中で娘を蔵に幽閉する人が出てくるが、これのことだったのだなあ。



夜明け前 予告編





僕は高校のころ、汽車通学(電車ではなかった)をしていたのだが、時折同じ車両に「知恵遅れ(障害のある人)」の人が乗っていた。
外見は普通の20〜30代なのだが、焦点の合わない目で人を睨みつけて「うーうー」と呻くのである。
時折女性にまとわりついてなにか話しかけようとする。
僕の乗る駅の少し前から乗ってきて、僕の降りる2-3駅前(大きな鉄工所があった)におリた。


僕が小さい頃、長い竹竿の先に布切れをつけて歩く人がいた。
みんなに「旗バカ」と呼ばれていた。


僕の一回り上の世代の人と話していたら、小さい頃「知恵遅れ(障害のある人)」の女の子のスカートの中を見せてもらっていたそうだ。


確かにこの頃は、私達の生活の中に彼らは住んでいた。
老人も、悪ガキも、知的障害者も、ハンディキャップのある人も、狭いコミュニティの中で共に生きることが可能であった。





何年か前にファーストフード店で突然見ず知らずの人の食べている丼に手を突っ込んだ女の子がいた


僕の住んでいる街の外れに家族を失った知的障害者の施設がある。
飛び込み営業で行って驚いたことがある。


すっかり彼らと出会うことはなくなった。






今もあの人達がどんな人生をたどったのか気にかかる。







学校でも、ADHD と診断されたら治療するのが当たり前になっている。


認知症の老人を施設に入れる事はもはや常識と言えよう。
家に帰りたいと訴える老人は薬で静になる。



私達はいずれ身体の機能を失い、今の自分からは想像できない存在になってしまう。
そんな時どの様に扱われたいのだろうか?






僕の妻は、僕が精神病だから総合病院に受診させろと勧められた。
確かに、カーとしやすいし、人と違ったルールで動く。
糖尿病なのに、医者に行かないで「食事でこの身体と共に生きる」などという愚か者である。




母はいつも、お前は人と同じようにできないと言ったものだ。




人と同じようにできない人を私達は座敷牢に入れていた。
今私達の社会は、「心に良く効く薬」で同じことを行っている。
LGBTQの問題とも根は同じである。



社会の構成員自身が、その社会の「要求する振る舞い」を出来ない個人をどう扱うかは考えるに値する。


夜明け前という題名だが、「抗うつ剤の”今”」は夜明けの後なのだろうか、これから夜が明けるのだろうか?
そしてその光の下にはどんな姿が現れるのだろうか?


masaya50.hatenadiary.jp
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生活習慣病としてのうつ病

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