私の個人主義 夏目漱石

こちらから。

いい話である。考えさせられる。

『私の個人主義』 より

――国家は大切かも知れないが、そう朝から晩まで国家国家と云ってあたかも国家に取りつかれたような真似はとうてい我々にできる話でない。常住坐臥じょうじゅうざが国家の事以外を考えてならないという人はあるかも知れないが、そう間断なく一つ事を考えている人は事実あり得ない。

豆腐とうふ屋が豆腐を売ってあるくのは、けっして国家のために売って歩くのではない。根本的の主意は自分の衣食の料を得るためである。しかし当人はどうあろうともその結果は社会に必要なものを供するという点において、間接に国家の利益になっているかも知れない。これと同じ事で、今日の午ひるに私は飯を三杯ばいたべた、晩にはそれを四杯に殖ふやしたというのも必ずしも国家のために増減したのではない。正直に云えば胃の具合できめたのである。

しかしこれらも間接のまた間接に云えば天下に影響しないとは限らない、否観方みかたによっては世界の大勢に幾分いくぶんか関係していないとも限らない。しかしながら肝心かんじんの当人はそんな事を考えて、国家のために飯を食わせられたり、国家のために顔を洗わせられたり、また国家のために便所に行かせられたりしては大変である。

国家主義を奨励しょうれいするのはいくらしても差支ないが、事実できない事をあたかも国家のためにするごとくに装よそおうのは偽りである。――


余り真面目に読んではいなかったのだけど、漱石って50歳でなくなったんだねえ。
なんとも、言えない。


野分の妻とのやり取りは身につまされる(笑)。
猟奇王」「つげ義春さんの漫画全般」を思い出した。
ああ、我が身を省みることしきりである。



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