幸運な病のレシピ( 405 )朝:煮しめ、いわし丸干し焼、生サバ三枚おろし焼、キムチ春雨、バラブロックチャーシュー、「 今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。 」

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定番の煮しめに、焼き魚2種である。
ニューフェースのグリルは最高だ。
春雨のキムチ炒めは昼に春巻きになった。

今日は土曜日である。
厨房仕事に曜日は関係ないのだ。










父の食事。
ヨーグルトのオレンジが嬉しい。
ソロソロ安い(旨い)ものが入ってきている。
僕は果物を食べないが父は好きだ。オレンジは少し出すのに手間だが、皮を剥いて混ぜ込む。


イワシの丸干はワタのあたり食べてもらう。
多彩なタンパク質というのは、できるだけモツ(内蔵)を食べるということだ。
小ぶりの魚は最適である。
キムチ春雨はピリッとしていて美味しい。



僕の食事、昨日の生ニシンの余ったものや、その他の余ったものを優先的に食べる。
キャベツは春キャベツで包丁で刻んだろうが旨い、









豚バラはかれこれ1時間は煮るだろうか。
脂質がトロトロになって美味しい。
それでもそのままでは面白くないので、ラーメンのスープに入れる。



上げて刻んで皿においた。
スープはラップで表面を覆って冷蔵庫に入れるとラードがとれる。
これがまた美味い。
捨てないで、揚げ物の脂に加える。







4月17日、冷蔵庫で固めたラードを油のポットにくわえた。これがまた美味しくなるのである。






春巻きを作った。
昼は、チャーシュウでラーメンであった。




父の食事。5時位に来たが、僕は仕事中で妻は遅いので一人でたべてもらった。
「いつも美味しいもの食べさせてもらってありがとう。」と言ってくれる。
僕も見習いたいものである。






いつも日本酒をコップ2杯ついでおく。

今日の父は自分から半分多いといって、別なコップに取り分けた。

時折、こういう事がある。
僕は、飲ませてもらうねと言って大事に頂くことにしている。



前に取り分けた時は、衰えたということかなあなどと思った。
しかし、杞憂であった。
なにせ翌日はキチンと同じ量飲むのだから。

最近は妻と「食べに来るまで一杯飲んでいたな?」と笑う。


3−4日で2リットル空くから結構な量を飲む。心配でないと言えば嘘になるが、止めろという気にはならない。
それでも、徐々に飲む量は減っていくのだろうなあと思う。

父を見ていると、歳を取るということはどんなものなのかなと思う。

誰か訪ねてくることもなく、どこかに行きたいということもない。
時折庭に出て鯉を見るか、2ブロックほど先にタバコを買いに行くかである。
すっかり散歩にも行かなくなった。

以前は、「自分はもう歩けいない、もうダメだ』と言っていた。
身体が動かなくなることはアタリマエなのだといつも僕は言う。
それが自然なんだと思う。


今では「自分が衰えた」ということもなくなった。
自分から、年取ったなどと言わされるのはおかしな風潮である。

徐々に身体全体が衰えていき、動けなくなり、食べる量も減り、自分なりの年をとっていく。
鍛えれば、若いままでいられるなどというのは間違えている。
運動しないから年を取るのではない。歳を取ると運動しなくても良くなるからしないのである。




チョコレートを買ってくれば喜んでくれる。
夜半に起きて少し酒を飲みながら通販番組を見ている。
朝方にポットのお茶を持っていけば、時折一杯やっている。
時折顔を出すとニコニコ笑いながら「バレたか」と嬉しそうに笑う。

毎日の食事を美味しかった、美味しかったと繰り返す。
会えばありがとう、ありがとう、と繰り返す。
萎れは僕のセリフだといつも返事する。

いつか最後の挨拶を交わすだろうが、それは後から分かることだ。

母と最後に交わした言葉は、喧嘩の言葉だった。もう取り返せない。





自分が自分であることを受け入れることこそが『寛解』である。
僕は糖尿病である自分を受け入れたところから、病に向き合えたのだ。










庭の緑はますます鮮やかになる。
庭はいつ見ても新しい芽吹きが見つかり、嬉しい。






今年は花見に行けなかった。
来年は晴れてくれると嬉しい。



明日の食事は何にしようかな。

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7時位に、娘と花見に行って、いろいろと買ってきて、夕食となった。
ビールに酎ハイ、お好み焼きに、からあげクン
蕎麦まで食っちまった。

まあ、良いではないか。




これは僕の寛解であろうか(笑)。



花はほぼ散っていた、雨がぱらついて、寒くて人は殆どいない。

何故か雨の記憶ばかりが残る。