母の三回忌

母が亡くなったのは2016年1月5日である。
その時期は、例年雪が深い、
おそらく墓も雪の中だろう。墓参りもままならない。



6月くらいに、お寺様とお話をして、お盆とお彼岸の間位に繰り上げようということになった。
国体の抽選会が終わるまでしばらく休んでいなかった。
2日位オフにしたかったので、丁度いいということで、今日にした。






母が大好きだった百日紅朝顔が見送ってくれた。


一緒に車でお寺様に向かった。
今日は涼しくて、気持ちのいい日だ。

5-10分でお寺様に着いた。




歴史のあるいいお寺様である。
偉そうでなく、悲しさを受け止め、自分もここに来ることを納得させてくれる。
宗教の意味であろう。

母の死に随分学んだ。



妻と、帰省中の娘、僕と父の4人。
息子は学校が始まっていたので学校に行っている。
お寺様の位牌堂でお経を上げていただいた。


お経をあげていただいている時に、母もきっと「法事なんか出なくていいいから学校に行きなさい」と言うだろうなあと思ったら涙が出てきた。
次の七回忌(4年後)には娘は結婚しているかなあと思ったら涙が出てきた。
息子は未来に向かっているんだなあと思ったら涙が出てきた。

俺はどうなっているだろう、妻と父は元気だろうなあ(笑)


お経の効用である。





墓に手を合わせて三回忌法要は終わった。
家路に向かった。



家に帰ってから遅めの朝食と言うか、昼食と言うかをとった。
父はこれから一休みである。
夕食はまた一緒に食べる。




葬儀、法要と言うのは、儀礼や儀式ではなく、喪失に傷ついた家族の癒しのためのプロセスである。

まだ僕には母の死は辛い。

いいお寺様である。




帰りの車の中で、市営の温泉が見えた。
何気なく看板を読み上げる父に「今度行こうか?」と声をかけた。
何かを聞くと「いいねえ」と父は答える事が多いののだが、何も言わない。

「いいね」と言うと行きたいということを意味していると知っているのだろうと思ったら、涙が出てきた。
できるだけ負担をかけたくないと思っているのだろう。



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お布施の名前を書こうかと思ったのだが、父に書いてもらうことにした。
昔の人は実に字が上手い。
全く手も震えないし、驚異的である。
若い頃からやってきたことは忘れないのだなあ。





昨日、父の兄のいる施設に行ってきた。
お祭りで買った「綿菓子」と「ぽっぽ蒸気」がおみやげである。
後3年で100歳である。お元気だった。