ごはんができたよ 矢野顕子さん大好き

それは、21歳のことであろう。
1981年の春だったと思う。

2年間、東京で浪人をして、新潟での1年の後に大学に入り、また東京に旅立つ直前のことだった。
庭に雪が残り、鶯の声が聞こえたこと覚えている。


30年近くの昔である。

丁度、矢野顕子さんの歌声を化粧品のCMで聞くことがあったりした頃に「ごはんができたよ」というアルバムを聞いて大好きになった。

ふと、聞き直したら、ボロ泣きである。
どの曲もよく覚えていた。

「ごはんができたよって、母さんの声が懐かしい...........辛いことばっかりあるなら、帰っておいで......」


好きだなあ。
娘がいなくなって、センチメンタルになっている。
二度と会えない訳ではないが、次に会う時はもう昨日までの娘ではない。

「親はあっても子は育つ」




父との食事のときにも、娘は元気かと聞かれる。
父にすれば孫である。
また違っているのだろう。





幸運な病のサポートページを作っているが、なかなか進まない。
今日中には終わりそうではあるが、終わったら次の本のシノプスを作る予定である。

幸運な病 糖尿病とおつきあい

幸運な病 糖尿病とおつきあい

来週の末には作っていろいろな人に知らせることになる。
果たして価値を共有できる人たちとは出会えるだろうか。

アマゾンのランキングって面白い。
全体 786,291位 - 医学分野 7743位

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