父と温泉に行った
午後、父が電気髭剃りの電池がなくなって動かなくなったので10分ほど離れた電気屋に歩いて行ってくるという。まだ雪が残っていたので、ちょっと心配だったが、運動に良いかと思い、僕は仏様の所いることにした。
40-50分たっても帰ってこない。
胸騒ぎがするので、車でゆっくりと電気屋に向かうことにした。家から少し走ったところで、トコトコ歩いている父を見つけた。向こうもこちらに気がついたので、そのママ走り過ぎて近くのドラッグストアに入って、買い物の用事ででたような顔をした。
改めて、電気カミソリを見たら、充電式だった。電気店で充電して帰ってきたということが判明した。時間がかかるわけである。(安心)
家に戻り、父を近所のゴルフ場の経営している「日帰り温泉」に誘った。
最初「(行かなくて)いいいよ、めんどくさいから」と遠慮するが、うちの風呂に入るほうが面倒くさいからと無理に誘う。
温泉に行って久しぶりに父の背中を流してお湯に浸かった。
意外と長く浸かっているのでびっくりした。
僕の方がのぼせそうだった。
家に帰り夕食の用意をした。一杯入って上機嫌の父は、何度も「温泉は良いなあ」という。初七日の前日にうちのお風呂に入ったきりだった。
僕が眠くて先に夕食の席を離れた後も妻に3回そう話したそうである。
母の生前から、父は風呂嫌いと(母は言っていた)いうことになっていた。
母が風呂を立てると言うと、いつも、「めんどうくさいから入らなくていい」と言うのである。
僕も困ったものだと思っていた。
昨年の初め以降、何度も、母に乞われ実家に風呂を炊きに行ったことを思い出した。どのボタンを順に押すかという紙を作って貼ってその通りにするようにも話した。
父母は風呂を炊けなくなっていたのだ。父は風呂が嫌いなわけではなかったのだ。僕に面相をかけないように思ってくれていたのだ。
いつでも炊きに来るよと言っていても、やはり気遣いはしていたのだろう。
『ボタンを押せばいいだけなのに』と思うのはこちらの勝手な考えなのである。当人たちにしたらまさに何がどうなっているのかわからないことだ。
毎日でも入りたかったろうに、僕に頼むと悪いと思い我慢していたのだろう。
母に申し訳なくて涙が出てきた。
母さん、ごめんなさい、もう間に合わないけど、出来るだけ沢山父と一緒に温泉に行くよ。
眠くて夕食の席を離れるときに。「又来週温泉行こう」と父に言ったら、『おお、いいね』と、もう少し入って上機嫌の父は楽しげに答えた。
来週はどこの温泉にいこうかなあ。
少しだけ、僕の心も落ち着いた。
新しい生活が始まりだしている。
そして、(運良く生きていられたら)、僕もたどる道なのである。
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