家族の食事を作ること(1)

父と母の食事を作り始めて10ヶ月位になるだろうか。

最初の頃は週に数回だったのが、今年に入ってから毎日になった。


そろそろ、色々なノウハウが集まってきたのでまとめていきたい。
毎日の食事を作る事を継続するには短い時間で作れなければならない。



4月から僕自身の糖尿病の食事療法として『糖質制限』を始めている。
運の良いことに、この2つは一致して部分があった。
糖尿病は老化が早く来る病気だし、父と母はまさに「ド・ストライクの老化」の状態である。


老化も、適切な食事を採ることで、「合する」ことができると思っている。
決して若返ろうとか、アンチエイジングとかではなく、『死ぬ瞬間まで元気で』ということである。


元気というのは、支障なく「社会生活を営める」ということである。

そのためには、『つきっきりの介護が必要かどうか』が大きな分かれ目だと思う。
母は1月に腰を痛めて立てなくなって、風呂にも入れなくなった。
運の良いことに、2ヶ月ほどで歩ける所まで回復した。
もしそうならなかったら大変なことだったろう。





自分がその年(87歳)まで生きるかわからないが、どんな風になって、何が必要なのかを見極めようと思ったのだ。
ここ数年、毎週1回一緒に食事をしていたので、自分たちで買い物に行って、食事をうくっていた頃のことも分かる。



【医者と薬】
お薬手帳が廃棄されていたので、どんな薬が処方されていたのかは確かではない。
母は舌が荒れて、ひどかった。その対応のために「錠剤と粉薬が3-4種類」処方されていた。
また、父の便秘用にマグミット、母に精神安定剤のディバスが処方されていた。




『食事』で父母を「医者に行かないで、薬も必要ないレベルまで」元気になってもらおうと決心した。

ここ2ヶ月医者に行っていないから、ずいぶんうまく進んでいる。
母も、歩くとき腰が曲がらなくなってきているように見える。





【2つのキーワード】

便秘に対向するために『玄米おじや』はどうだろうかと思い作ってみるが不評。
基本的に、喜んで食べるようなものでなければならない



今では毎日持っていく「果物入りヨーグルト」がスマッシュヒットであった。
何はなくともこれが美味しいと言って、ご飯のおかずにたべるのである。



もう一つの重要なキーワードは「良質のタンパク質と脂質」である。
炭水化物は年寄りにはさほど重要ではないと考えている。
適当におやつなど食べているから十分な量が摂れる。





【自分の姿を二人の姿に見る】


いろいろな人に大変だねと言われるが、これが当たり前だと思えばなんということはない。
とにかく、弁当や出前、外食が使えないので、いかに組み立てるかが難しい、そして面白い。



考えてみれば、私達の社会は本来そうだったんだよなあ。
年寄りがいると大変だと言われる。
そんな言葉を聞くたびに、家族のあり方を考えさせられる。

自分た年寄りとなった時にどんな世界が見えているのだろうか。




【 目 標 】

死ぬ瞬間まで、元気で笑って過ごす。

これはぼくの人生の目標でもある。

父母がそういう人生を送れないで、ぼくが送れるはずがない。

父母の「老い」はぼくの未来の姿なのだ。

未来のぼくのために、そして子供達のために、今を生きる。





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