ダイエットを内省 抗えない欲望とどう向き合うか? 細胞が望み、心を操り体が動き摂食行動につながる。

2015/6/6非常に良い記録が出た。

何と30分の運動で血糖値が49(179mg/dl=>130mg/dl)下がったのである。
水泳は素晴らしい。
夕食の時に、よるもう一回泳ぎに行こうと思いながら、ビールを飲んでしまった。

当日は仕事で、とても難しい処理を解決した。
血糖値降下記録を出した(笑)。
などと一杯やりたい気持ちだった。

しかし、飲まないでよるもう一回プールに行っていたらどんなに良かっただろうか。
もっと下がったかもしれない。

人は、何かあるから酒を飲むのではなく、酒を飲みたいから理由を探す。

これは抗えない事実である。

接待が有るから飲むのではなく、飲みたいから接待するのだ。


ダイエットでは常に問題になる。
自分の理由探しにどう向き合うかである。

戦ってはいけない。
いつも敗北する。

体の細胞の要求と、ダイエットしたい心が上手く調和する所を探さなければならない。

ここから先は、60兆の細胞と心の騙し合いである。
どうしても飲みたいときには、なにか食べて、体にある程度満足を与える。
細胞からのアルコールを摂取する要望を回避することが出来る。




アルコールを望む60兆の細胞は、心を操る。
こころ(精神)の感じる「満足や不安」といった感情をあらゆるホルモンや体の仕組みを使い、操る。
細胞たちは、何をどうすれば血液の中にアルコールが入ってくるのか知っている。
ただその「化学反応」に従っているのである。
お驚くべきことである。


アルコール中毒の対処方法はひとつしか無いということを昔読んだことがある。
一切飲むことを諦めるのである。
そのためには、心の代替品が必要である。
ある種のコミュニティに属する(断酒会)、などを考えればよく分かる。



一旦飲みだしたら、溶けるまで飲み続けるのが中毒なのだ。
運のいいいことに、僕はまだそのレベルではないようだ。



米も一緒である。

僕はいろいろな人に「米や蕎麦、パストなどの糖質」を食わないダイエットだと言う話をする。
大体の人は、あらゆる知識や感情を駆使して必死にダメな理由を探す。
最後には『専門家の意見を聞いたほうがいいよ』などと言い渡される。

実際に、日本の糖尿病学会も必死である。

バーンスタイン医師の糖尿病の解決』を読んでみるとアメリカでも「糖質制限」が認知されるのに実に長い時間がかかっている。詳しくはこちら


糖尿病はヒトが『穀物中毒』の状態で有ること。そして、『穀物アレルギー』と言っていい。

僅かな物質(炭水化物)が体に入ったとたん制御不能の反応を引き起こす。
それも全身の組織に係る問題である。

2型糖尿病は『穀物中毒』の状態の中で、細胞がブドウ糖を取り込めなくなって、満足のシグナルを送り出せなくなっているのである。
その理由があるはずなのに、特効薬(インシュリンや薬)で安易に逃げようとする。
無論必要だろうと思うし、どこかで僕も折り合いを付けなければならないと思っている。

しかし、今はまだダメだ。
5年前と同じことの繰り返しになる。

そして5年前にはなかった「糖質制限」と「自己血糖測定器」と言う武器がある。

そして多くの先駆者がいる。

もう少し頑張れる。






この60兆の細胞が操る精神は、どこに宿るのだろうか?

確かに脳には様々な記憶の断片が残される、しかし、体全体を調和させ、ひとつの行動に向かわせる意識は決してシナプスの電気的な記憶のネットワークには存在しない。

コンピュータのモデルから類推して多くの議論がなされているが、すべて的はずれである。

なぜ、米を食いたくなるのか、酒を飲みたくなるのか?

細胞が望み、心を操る。
そういう意味での心を探求する学問は無い。







迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか

迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか

寄生虫は、宿主を操作する。
プレシオメタ・アルジラという蜘蛛が、ある種の蜂に卵を産み付けられて操縦される例を知っているだろうか。
僕は、「迷惑な進化」と言う本で読んだが、この蜘蛛と蜂の関係はひとつの生命と呼ぶべきかもしれない。

蜘蛛は、卵を産み付けられると蜂の為の繭を編み始める。高度な技術で構築物を作る、そして大きくなった幼虫は、蜘蛛を喰らい、その繭の中で成虫となる。
凄い操り方ではないか。





花は美味しい蜜をその性器から分泌することで、蜂を操り、セックスをする。
花と蜂は共に生きているのである。
人と米も一緒である。

穀物は、人に水路を作らせ、雑草を排除させて、自分たちの種を多く残そうとする。
品種改良や遺伝子操作までさせて、自分たちの種を多く残そうとする。
蜂に操られる蜘蛛のように、人は米や麦に操られている。


以前にも書いたが、夏井先生の考え方には賛成である。





最近、ピンカーさんの本を読んだ。

農耕が始まり、生産性が上がり、社会が維持されることで人と人との殺し合いが減っているという。
狩猟採集の生き方はものすごい数の殺し合いがあったそうだ。
穀物を耕作することで、社会の余剰が生まれ、警察と軍隊が成立した。
そのおかげで殺し合いが減っているのだ。

暴力の人類史 上

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