阿賀野高校生徒の自殺を考える。(5)

自殺の兆候はみられなかったと、子どもが自殺した時によく言われる。

自殺の兆候って何だろうか?
まさか、子どもが「自殺したい」とお便り手帳に書いてくるとでも思っているのだろうか?
リストカットのような自傷行為がそれに当たるとでも考えているのだろうか?


いつも、「兆候がなかった」という言葉を聞くと頭にくる。



ます、兆候の一つは欠席である。
欠席するというのは、学校での関係性中で「イジメ」が発生している証拠である。
この「イジメ」にはネグレクト(無視)なども入る。

学校に行っても、皆に無視される子どもは、自分なりの価値を「そこ」で認めさせたいから「不良」になる。



これは、学校の連中もわかっているのだろうなあ。
僕がイジメられて学校に行けなかった頃は、学校にいくふりをして家の裏庭に隠れて、親が出勤したら家に戻って知らん顔していた。

昨今では、そういうことが、無いように欠席をしたら担任が家に電話をかけてくる。
僕は子供達に、学校に行きたくない時は休むように言っている。
行きたくないといった時には「たかだか学校なんだから休め休め、オットウモも仕事したくない時は休むからな」と言うことにしている。

イジメられていないかなあ、とか明日自殺していたらとか思う。
しかし、こどもから相談してくるまで待つほかない(このレベルでは)。
最近は、休みたくならないようなので少し安心である。



担任から電話が来ると風邪で休んだことにする。
本当に風邪を引いているのは稀である。

自殺の兆候が無かったという表現は傲慢である。見つけられなかったと考えなかったならば、永遠に見つけることは出来ない。

残された親は「ああ、あの時の言葉は…..」と何度もくり返し苦悶するのだろう。
考えるだけで涙が出てくる。


ある娘が小学校5年の時にひどいイジメにあった。


その時に友人になってくれた男の子が2人いた。
その2人のお陰で彼女は学校に生き続けることが出来た。



ところが今度はその男の子がイジメられる。
長く欠席をする。


中学に入りイジメは続く。
廊下で同級生に取り囲まれて、踊らされて、ズボンを脱がされる。
その事を、先生は知らなかった。
事件として公にはならなかった。


そのことを知り、校長に会いに行き、いじめがあることを伝え、娘と同じクラスにしてもらえないかと話した。
善処するとその校長は発言したが、その娘と同じクラスにはしてもらえなかった。
何もしなかったのだ。



彼は長期の欠席を続け、不登校になった子どもが行く教室に通うこよとになる。
結局中学の卒業式には出れなかった。




ある娘の父親は、その男の子が気になっていた。

教育委員会に行ってどうなったか聞いた。
教育委員会の男は、『良かったですね、彼は高校に入りましたよ』と言った。

ものすごい怒りを感じた。高校に入れればいいのだろうか?

彼の学校にいけなくなるような孤独を理解できているのだろうか?




長期欠席を、子どもが選択する事自体を異常だと感じなかったのだろうか?
その父親は、『おまえの子どもが、学校に行けないような状態になっていたらどう思う』と怒鳴りたい気持ちを抑えた。
たかだか小役人である。
こいつらには、「単なる長期欠席者の一人」という数字でしか無い






学校に行けなくなるということは、関係としてのイジメがあると考えられなかったのだろうか?事件としてのイジメや、自殺がなければいいのだろうか?




イジメられていた彼にも問題が有った。
家に招いて、一緒にゲームをしたが確かに「ウザいなあ」と思う事があり、注意した事を覚えている。

彼の家庭(彼にたいする親の対応)に問題が有ったと聞く。

多感なる時代の多様な人間関係は子ども自身の人格を形成していく。

間違っていることもあるから、「形成」と言う言葉を使う。
学ぶために失敗しながら生きるのだ。




その大事な時期に、イジメられ、自分の価値を否定されたのだ。
イジメの問題は学ぶ機会を奪われることなのだ。
価値観が違う人間同士が「共に生きる方法を学ぶ」のではなく、「排除」する選択をすることが問題なのだ。
不登校の生徒を腐ったリンゴのように排除して別な箱に移す。
それは、どのように接していいか分からないからである。

学校の教師を責めてもそれはせんなきことである。
共に考えなければならない。


しかしながら、問題と感じていなかったら共に考えることは出来ない。問題があるという価値観を共有できなければ共に考えることは出来ない。






彼に会って、自分の価値を信じて、生きることを伝えたいが、その機会はない。
いつか、人生の最初につらい思いをした彼に会って笑顔を見たいと思っている。
同じ苦しみを味わった戦友として。



その父親は、娘を救ってくれた男の子を助けられなかった。その2年後、PTAの副会長に選出されるが、三役会で校長にイジメられて、三役会から追い出されることになる。



文科省ガイドラインにしたがって学校は運営される。
しかし、組織のガイドラインが現実に対して適切に対応できていない時にどうすればいいのだろうか?
大きな問題である。



どこに問題があるのかというと、役人が教育を牛耳っているところにある。

憂鬱である。


528977