「メタノイア」からみた映画。ピーター・M・センゲさんの「学習する組織」から考える。

ブルース・ブラザースという映画がある。
いつか書きたいなと思いながら、なかなか書けない。
日本で公開された時にはすでにベルーシは亡くなっていた。東京の自由が丘武蔵野館で見てびっくりした。
2回見たことを思い出す。


孤児院で兄弟として育った「ジェイク」と「エルウッド」の二人が、税金を払えない孤児院を救う物語である。
違法な手段での金策を封じられた二人が行った協会で神の啓示を受けるのである。
そしてブルースバンドを再結成して冒険が始まるのである。

神の啓示の部分がまさに「メタノイア」である。
自分の今までの人生から脱して彼は新しい自分を発見するのである。




We'er On A Mission From God
人生を生きる時、なんの為に生きるのかを持っていない人間は生きていないと同じである。
それは神の為であるかもしれないし、自分自身の正義のためかもしれない。

人は「生きる意味を学習する」為に生きるのであるのである。

ここで言う学習とは、誰かの言うことを聞いてその事を間違えなく言えるようになり、誰かに褒められる為のものではない。
今までの自分にできなかったことを出来るようになる喜びを実感することである。
それは人の本能である。


人は暗闇の中から生まれ、一瞬の光中で生を受け、やがて闇の中に一人消える。
世俗的な豊かさや、他人の評価・他人に与えられる名誉の為に生きるのではなく、自分の生きた意味を探す。
まさに、実存を求めるのである。

年老いて、全ての友人は消え、自分自身の人生と一人対峙する。
その時、納得できる死を迎えられるのだろうか。



ジェイクとエルウッドはそんな人生を生きたのである。
僕は、この映画を見るといつも涙が止まらない。
自分も、そんな人生を生きているのだろうかといつも問い直される。

505237


ノーマ・レイ
ダンシング・ヒーロー
ロンゲストヤード
北国の帝王

これらの映画も、メタノイアを語っている。

どうも僕はこういう映画が大好きなようだ。
筒井康隆さんがむかし、演繹や文学の重要な点は「主人公の成長を描いているかどうか」だと何かに書いていたがまさにそれであろう。

私達は「メタノイア」を知っているのだ。